Eat Much, Learn Slow (& Don't Ask Why)

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トーキョー・ワーキング・クラス・アンサンブル
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
不意の出費がわりと頻繁に、それでいて毎回確実に不意を突いて出現するその不意打ち具合と比べると、臨時収入なんてのは字面以外ではほとんど見かけない希少事象で、そもそも実在するのかすら疑わしい。あまりにもレアであるがゆえに、わたしはたぶん、21世紀になってから自分の身に降りかかってきた臨時収入をすべて思い出せる。悲しい気がするときなどは、それらのいくつかを反芻もする。

東銀座、明治通りの交差点を渡りきったところの路上であわてて拾った1000円札2枚。渋谷の嵯峨谷の自販機の釣り銭口から回収した、まだ店内にいるであろう誰かが取り忘れたお釣り、そしてその金で食べた蕎麦の、味(がしない)。大阪、1万円札で地下鉄の切符を買ったら、お釣りコーナーから出てきた1000円札9枚とは別に、入れたばかりの1万円札が挿入口からそのまま戻ってきた、通称「南森町の奇跡」。ある夏の夜には、コンヴィニのコピー機の下に落ちていた120円によって、当初買うつもりだった安アイスがハーゲンダッツに格上げされた。ところでハーゲンダッツの、どことなくオランダかデンマークあたりらしさを持つ名前の正確な由来を知らないひとは、知った瞬間にたいてい一度は驚いて、いまわたしがこうしているように、誰かに伝えたくなるはずだ。

つらつら書いてみて、そんなバカなことがあるものか、と一笑に付したくなるのが臨時収入の性質で、逆に不意の出費は、笑い飛ばすのも難しいし、そもそも思い出したくもない。直面したくない事実に直面しないためには最大限の努力はいとわないつもりでいるものの、己の不始末によって自分がいま現在、かなりのマイナスをかかえてしまっているのはたしかだ。幸い、返済期限は区切られていないから、日々少しずつ貯蓄すれば、いつかその額に達するはずではある。

とはいえせっかくだから、この困難に力強く立ち向かい、大胆に乗り越えてみよう。こまめな節約、単発のアルバイト、不要な残業、などなどで、どのくらいの期間で負債額をまかなえるだろうか。普段の収支とは独立した形の架空の出納帳をひとつ立ち上げ、そこに貯金をして、目標額に近付いていきたい。

−−−

☆某月某日
思い立つや否や、職場でひとり、急な欠勤。夜勤の人間が来るまでのあいだ、誰かが居残らなくてはならない。普段ならこうした打診はほぼことわっているところ、今日ばかりは、怪しまれない程度のふたつ返事で引き受ける。顔で泣いて心で笑って。地味で着実な滑り出し。

・残業代 +3200円
・映画に行けなくなった分 +1100円
・気が大きくなって予定外に食べた牛丼 −390円

☆某月某日
昔すこしだけやっていたバイト先に、数年ぶりに電話してみる。詳細を書くのにはさしさわりがありすぎるのだけど、昔と同じように社長が直接出た。物体Aをなに食わぬ顔で地点Bに届けるだけなら、5000円。届けた先の地点Bで物体Aを物体A'(見た目はほぼ同じだが、体積が10倍くらいある)と交換し、地点Dに届けるまでやるほうが、割がいい。しかし地点Bでの交換は必ずしもスムースに進むわけでもなくて、そうなると半日近くつぶれるし、その不可抗力的な不始末が原因で社長の機嫌が悪くなり、正当な賃金(そもそも正当な類のものではないが)を値切られたりする。面倒なので堅実に5000円だけ稼ぐ。社長が、これもやるわ、と500円のクオカードを手裏剣のように投げてよこした。帰り際、コンヴィニで使おうとしたら、残高140円くらいしかなかった。

・バイト代 +5000円(クオカードはカウントせず)

☆某月某日
新宿で駅員を怒鳴り付けていると、加藤くんに声をかけられる。ひさしぶりなのでマクドナルドで近況を交換。いい歳して、往年のバイト仲間とバンドを始めるそうだ、おめでとう。しかし名前が決まらないのだとか。「バイトってあの松屋でしょ? 五反田の。カトー&ジ・MGズとかでいいんじゃない。いや、ケイトーのほうがいいかな。ケイトー&彼のオーケストラとか」と提案すると、それじゃまるで毛唐みたいじゃないか、もうちょっとほかにないのかと、顔を真っ赤にマニエらせながら鬼のように身を乗り出してくる。

「ほーなぁ、いい大人がトンカチ叩いて働いたあとの楽しみにって集まるんだから、うーん、トーキョー・ワーキング・クラス・アンサンブルは」「それ、いただきます」。後日、加藤くんからLINEが来た。ご尊父にバンド名を教えたら、「労音のコンサートに出てきそうな名前だなあ」と言ってたそうだ。

・命名料 +220円(コーヒーと三角チョコパイをおごっていただきました)

☆某月某日
基本歩かない都市の一隅を例外的に歩いていたら、誰かから金を借りてFXでふやして返すのはどうだろうと思いついた。万が一ふやせなかった場合は、紙幣を水にひたしてふやかして返そう。そうして駅まで来ると、Uちゃんがチラシ配りをしていた。てっきりまだ美容師をしている前提で立ち話。しかし、いつの間にか右手にあったチラシを見ると、Uちゃんはお好み焼き屋に転職していたらしかった。今度食べに行くよーだなんて誰でも言いそうなあいさつをしながら、掌を上にした形で左手を前に突き出し、さっき頭に浮かんだアイディアを伝えると、憐れむようにしてそこに5000円を乗せてくれた。さっそく家に帰ってはみたものの、5000円はふやすこともふやかすこともできず、あっというまに溶けてしまう。

いくらなんでも気がとがめる。ドライフルーツ類の輸入が軌道に乗って羽振りがまあまあいいらしいNを拝み倒して8000円借りて、次の日、Uちゃんのお好み焼き屋に食べに行って3000円だけ返した。気まぐれで2000円分スクラッチの宝くじを買ったら、ありゃま、19000円当たった。

その中から6000円をNに返しに行ったら、律義さを褒められてミックス・ナッツの小袋をくれた。やたらとしょっぱくてのどが渇くそれを食べながら池袋から歩いていると、新文芸坐の帰りの上田に会ったので今日は自分がおごるからと大口叩いて飲みに誘った。最終的には3600円不足。

ここはオレの馴染みの店だからと上田が言うので、渡りに船、と足りない分は後日払いにしてもらったものの、どうもそもそもの会計が水割りというか水増しというか、水で割れば不可逆的に透明に近付いていくはずなのに、なぜかどんどん不透明になっていく感じでもあった。店を出ると靴の裏というか底の部分に1000円札が1枚、罪ほろぼしのように貼り付いている。酩酊して完全に金銭感覚が狂っていたのだろう、その免罪符でもってタクシーに乗って帰ろうと明治通りに向かって異常な低速で進んでいると、途中で文鳥に会った。

文鳥は馴れ馴れしくこっちの肩に全体重を乗っけてきながら、ポーカーがしたい、と言う。まさかこんな小さな鳥が相手では負けるはずもなかろう、せいぜいしこたま巻き上げてやれ、と急にシラフに近い状態にまで戻り、明治通りを渡って右手でタクシーを呼び止めながら左手で文鳥を上着のポケットに押し込み、ゴールデン街のゲイの五郎ちゃんの店に行って朝までポーカーをした。結局5000円負けてしまった。

翌日、Aに会ったとき、貸していた6000円、少しだけでも返してくれまいかと言うだけ言ってみたところ、思いのほか3200円戻ってきた。

・収支の計算が難しいが、いくらかマイナスになっている気がする。

☆某月某日
意外と貯金できない。手近で手っ取り早く稼げないものか。やや誇張して言えば、一定時間その場から離れずおとなしく座っていればとりあえず食うに困らぬ金がもらえるいまの環境がいちばん架空であり、荒唐無稽ですらある。これ以上は高望みというものか。

現時点ではなんとなく各自の得意分野を分担している家事労働を少し多めに引き受けて、妻から賃金をもらえばいいんじゃないかと思いついたが、さすがにおこがましい。そういえば井上ひさしは夫婦間での口論のたびに、勝ち負けに応じて何万円だか何千万円だかの架空のやり取りをしていたはずだ。いま妻にトータル6億円貸している、みたいな一文に爆笑した記憶がある。

・妻の部屋の引き出しで500円玉を拾う +500円

☆某月某日
学生のころに住んでいた街のショッピングモールのフードコートで、半日、アンケート調査のアルバイト。

駅の近くに、戦後の闇市がそのまま延命治療をほどこされたような一画があった。近くの工場の女子労働者、都心から戻ってきた仕事帰りのサラリーマン、地元の商店主らが分け隔てなく安酒を飲み、無内容、非生産的な会話を交わす。住んでいた当時はそこを通り抜けるのも嫌で、ブナはおろかぺんぺん草すら生えてないくせに、なんだよ「ぶなろ〜ど」って、と名前にすら毒づいていたものだったけど、いまならいろいろ合点がいく。はたして昭和92年のぶなろ〜どは、四半世紀前とさほど変わらぬ姿で同じ場所にあった。労働者の群れに埋没して、ホッピーを1杯だけ飲んで帰る。

・バイト代 +6000円
・酔っ払ってひと駅寝過ごす −133円

☆某月某日
ケン・ローチ「わたしは、ダニエル・ブレイク」見る。このひとのものに限らず赤っぽい映画はよく見るんだけど、その手の作品にありがちな、働くことのすばらしさ! 勤労の喜び! みたいな思想には、心の底からは賛同できない。

だからここだと、主人公の隣人であるスニーカーのブローカーに自然と目が行ってしまう。ケン・ローチはあのキャラクターについて、どう思っているのだろう。なんとなく、怠け者は彼の救済の対象に入っていないのじゃないかな。それは山田洋次や佐藤忠男先生についても同じだ。いまお読みのこの号に、当然いるべきこのおふたりが寄稿していないのを不思議に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そういう理由での気おくれから、依頼しそびれてしまったのです。

ところでこの映画の舞台であるニューキャッスル・アポン・タインといえば……と、同地を代表するフォーク・ロック・バンド、リンディスファーンの『フォグ・オン・ザ・タイン』をひさびさに棚から引っ張り出す。「ミート・ミー・オン・ザ・コーナー」がケン・ローチの映画に使われていてもおかしくなさそうな曲だと発見できたのはよかったものの、このアルバム、まったく同じエディションをダブって持っていたのに気付いてしまう。落胆する間もなく、うち1枚を部屋の隅っこ、同じような境遇のダブり盤の山に積み重ね、次の瞬間、山ごと持ち上げて業務スーパーのエコバッグの中に放り込む。そのまま最寄りのディスクユニオンに持っていって、売り払った。

・買い取り金額 +1120円(悲しくなるので、売った枚数はひみつ)

☆某月某日
なんやかんやで貯金が目標額に達した。妻の口座に15万円を振り込む。

・振込手数料 −216円(直接渡そうとしたところ、拒否されたため)

*「トラベシア」Vol.2に掲載(2017年6月)
雑記
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