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カメラを壊した男
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

祈りは何もいつも静かな夜におとずれるとは限らない。 ――川本三郎『同時代を生きる「気分」』

いま見ている映像が、実際に存在している場所はどこなのか。ときどき、そんな疑問が浮かんでくる。目の前のスクリーンの上なのか。映写機からスクリーンまでの空気中なのか。それとも、細長いフィルムなりDVDの円盤なりの中なのか。どれもこれもしっくりこない。

文章であれば、紙(ではないときもあるけど)の上に並んだ、ある規則性を持ったしみの連続体が実体である、とひとまずは言えそうだし、物理的なインクのかわりにモニター上のドットによって作り出されたものでもいい。

音楽だったらどうか。古くはアナログ・レコードの、塩化ヴィニールの円盤。溝を針でなぞって音を空気中に解放する手続きには、中に入っていたものが外に出てきた、というたしかな手ごたえがある。盤面(盤内?)の情報をレーザー光線で呼び出すCDにしても、仕組みこそ異なってはいても、同じ比喩で理解することは難しくない(*1)。

映像と比較すべきは文章や音楽ではなく、料理やスポーツや信仰や樹木だろうか。それにしても映像は居場所を明らかにしないまま、さまざまなものを媒介にして、最終的にはわたしたちに届く。もしかしたら、どこかから放たれて、わたしたちに届きつつある、その運動自体が本体なのではないか。いま見えているあの星は、いまどこにあるのか。その星のいまは、いつになったら見ることができるのか。

いま見えているのは、2009年の山形国際ドキュメンタリー映画祭、香味庵の廊下で、ハルトムート・ビトムスキーが映画の定義とはなにかと問われている場面だ。彼は「スクリーンがあって、そこに投影されていれば、それが映画だ」と答えている。なるほど、これから無秩序にだらしなく広がっていくであろう映像圏(渡邉大輔)に、ある種の枠をはめ、ケジメをつけるのが物理的なスクリーンの役割なのだな。感心しつつ、それにしても(文字どおり)話がうますぎる、と思っているわたしの姿も見える。

そうこうしているうちに月日は流れ、もはやそうした物理的スクリーン主義(映画館の、とは限らない)はダセェ、みたいな風潮だった一時期を通過して、そしてまた、スクリーンになにかが映ってる……? うん、まあいいんじゃない、画面も音も大っきいほうが、といったフラットな態度になってきてるのが、現在な気がする(わたし的にも、世間様においても)。ふらっと街に出ると、VRを体験させる施設がちらほら目に入る(*2)。目に入る、はもちろん比喩だけど、いま、東京駅の近くにいるわたしの目の前にあるそれは、外見は映画館よりもむしろ、お化け屋敷に似ている。これって、映画が有象無象の(映像)体験と未分化だった、最先端の過去への先祖がえりなのではないか。映像で金を取るには物理的に「小屋」に来てもらうのが不可欠、ではないにせよ、いちばん手っ取り早いらしい。いまのところはまだ。

つまり、映画に必須なのはスクリーンではなく、金を払った人間と払っていない人間とを分断する、壁なのだ。目の周りをすっぽりおおうゴーグルが、現時点ではその最小のもの。なにかしらUSB的な機器を頭皮に突き刺して信号を脳に直接送信できるようになる日まで、壁の優位は続くだろう。もっとも、そうした信号によってもたらされる知覚が、わたしたちがいま知っている映像と同じものである必然性も必要もないのだけれども。

壁によって区切られた空間の中、光の姿を借りてやってくる映像は、電気信号に変換されるために、目から体内に入る必要がある。いまのところはまだ。とすると、まったく同じコースを経てわたしたちに届く文字も、極度に様式化されたある映像形式なのではないか。そんなことを考えていると、わたしの正面1メートルくらいの場所にある男の映像が、彼自身の半透明の顔から取り外した球体をぱかっと割って、説明を始める。そもそも物が見える仕組みとは、ここから入った光がレンズを通過して、眼底で収集・変換されて電気信号としてこの神経を経由して……。映画学校、カメラメーカー、その他いろいろな場所で幾度となく繰り返されてきたであろう、眼球=カメラの比喩。場所は吹けば飛ぶよな3Dプリンタ建築の大学病院。立体映像としてわたしの目に映る男は、襟なしの白衣(薄いうぐいす色だったかもしれない)を着た医師。わたしはカメラを壊した男=網膜剥離の患者として、説明を聞いている。

患者の身分になったのはほんの1時間ほど前だ。成人の日あたりから飛蚊症が急に気になり始め、それから少したって、右目の視界の下のあたりに黒いかたまりがちらつき出した。ラーメンのスープに浮いた一滴の大きな油のようなそれを見ようとして視線(というか眼球)を向けると、かたまりも同じ方向に動いて、フレームアウトしてしまう。ついさっき、日に日に視界の中をせりあがってきたそいつがとうとう視界の半分を占領するに至り、さすがにあわてて近所の総合病院に電話をかけて予約をとり、そのあと、おとといは山の上にある会社に、昨日は川沿いのコインランドリーに行き、今日の午前中に診察に行ったところ、も、モモ、網膜剥離との診断を下されたので、もらった紹介状を口にくわえ、生後44年目にして初めての自腹タクシーで大学病院へどんぶらこどんぶらこと移動しながら、右目には眼帯をしたまま、左目だけでいまこの文章を書いている。

うぐいす色の映像男は、剥離そのものはずっと以前に起きていた可能性が高いですね、と言いつつも、職業柄、今日までの病状そして明日からの治療にしか興味がないようで(そういえば彼、ちょいと吉田拓郎似だ)、とにかく実際に起きてしまったんだから原因など追究しても仕方がない、と言いたげだ。現時点のわたしはその態度に全面的に賛成なのだけど、話の都合上、振り返っておくと、半年前の通勤途中、駅を直立歩行していたら体の向きがタテからヨコへと一瞬で鮮やかに変化して、固い床にあお向けになったんだった。おそらく転倒して後頭部を強く打ったあの瞬間、星が消滅したのだろう。頭の中の0.5光年の距離にあるひとつの銀河は、すでに失われていたのだ。わたしたちはしばらくのあいだ、それに気付かない。

入場料を払う約束をしたわたしに、4人部屋を布製の壁で仕切った映像空間が与えられた。今度はやわらかいベッドにあお向けになったわたしの目に入るのは変化に乏しい天井のショットで、それが無限に続くうちに途切れのない現在はいつのまにか翌日に移行しており、ストレッチャーに乗せられたまま部屋を出て、移動に応じて視界が流れていく長回しには緊張感はありつつも、同時に、この構図ありがちだよな、とも感じながら手術室に入ると、小さなヴォリュームで音楽が流れていて、かかっているのはよりによってシェールの「バン・バン」だ(誰かによるカヴァーかも)。この曲とは何度かすれ違ってきたけれど、こんなに不吉なものとして聴きつつあるのは初めて。

Bang bang you shot me down
Bang bang I hit the ground
Bang bang that awful sound
Bang bang my baby shot me down

麻酔によって引き延ばされたようでもあり省略されたようでもある数時間ののち、手術は終わる。術後は、眼球への刺激を避けるため、アルファベットのCの字のようなフォルムの枕を顔面にあて、原則として昼も夜もうつぶせのままで横たわる。この体勢だと時間の流れはおそろしく緩慢で、いつまでたってもいまがいまのままであり続ける。100時間くらい微動だにせずにいたら、退院の許可が出た。ベッドの下は、4日間に排出され続けた自分の小水で、サン=ラザール駅裏みたいになっている。水溜まりをひょいと飛び越えて、帰宅。

うぐいす色の映像曰く、極度に下がった右目の視力は徐々に回復する。どの程度にまで戻るのか、どのくらいの期間を要するのかは個人差があってなんとも言えない。しかし発病前の視力にまで100%戻ることはない。ところがあまり改善しない。従来かけていたメガネを着用した状態で、左は変わらず1.0。右は、手術直後は0.1だったのが0.3にまで戻って、そこで止まってしまった。両眼が同じ程度とまではいかずとも、右がもう少し見えるようにしたいところだけど、左右の現在の視力があまりに違い過ぎているため、両眼が同じくらい見えるくらいにまで矯正すると、像がうまく重ならず、少しずつズレて二重に知覚されてしまう。コンタクト・レンズへの切り替え、コンタクトとメガネの併用、プリズム・レンズ、レーシック手術、どれもみな劇的な改善は望めないのだそうで、わざわざそれをするのなら、まだしもなにもせずにメガネを使い続けるほうがいいらしい。つまりは、もっとも消極的な意味で「いまが最高」なのだ。レーシックはどうなんですか、とダブったうぐいす色の像のどちらかに質問してみた。すると、レーシックは角膜=レンズの表面を削ってピントあわせの不備を調節するものである。しかしあなた(=わたし)の場合、眼底=フィルムの部分が劣化しているので、入口をいくらよくしてもダメですよ、と(*3)。手術前の説明と、比喩が若干異なっている気がするのはともかく、手術の際、右目のレンズは人工のものに取り換えられているので、だったらいっそ、眼球の入力系統を総デジタル化してもらってもかまわないのだが。

ここから先はお涙頂戴の段階に入る。どうかハンカチのご用意を。

自分が難病になったらどうしよう。取り乱して周囲に迷惑をかけたり、必要以上に落ち込んだりするのはバカバカしい。できる治療に粛々と専念しよう。などとご立派な想像をしてみることがときどきあった。長期間にわたる過酷な治療、強い副作用のある薬、ゆるやかな回復と停滞、自暴自棄、すべてを乗り越えた末の快癒。ショック期→否認期→混乱期→解決への努力期→受容期。古典的難病が持つ、明快なビバップ風のストーリーラインには抗いがたい快感がある。それに対して、網膜剥離患者の病後は、モーダルでコンテンポラリーで、ポスト・ディズィーズ的だ。ただなんとなくもたらされた不具合が、なすすべもなくミニマルに持続してしまう。

そういえばこの文章は映像時評なので、映画館に行ってみたものの、はっきり言ってろくすっぽ見えない。疲労も蓄積する。座席の位置を少しずつ変えてみたり、右目には眼帯をして普通に見える左目だけを使ったり、いろいろ試してみた。たまたま行った東京都写真美術館では、メガネを着用して見る3D映像の展示があったので、荒療治のつもりで挑戦。1分くらいでギヴ・アップしてしまった。しばらく我慢すれば劇的に視力が戻るだろう、との希望でもって2月と3月を乗り越える。ただしその期間に見た映画で、心から楽しめたものはひとつもない。感興は消え失せ、相対評価でしか映画を見れなくなった。あちらと比べれば、こちらはだいぶいいらしい。同傾向のAやBよりは、やや落ちるぞ、といったような。絶対値で言えば、映画に触れた際の心の針の動きは、発病前の1割か2割。画面のディテールや、役者の細かい表情についての情報受け取り力はたしかにガタ落ちしたけれど、依然として字幕は読めるし、ストーリーも理解できる。それなのに、テンションはあがらない。映画が面白くなくなった理由は、いまの目の状態によるものなのか、先が見えない(視覚的比喩!)絶望からなのか。よくわからぬまま、楽しいことなどなにもないような鬱屈に陥り、腹立ちまぎれに妻を猫パンチで殴打する日々が始まる(*4)。

たとえば、スクリーンが小さいときや画質が悪いとき、「もっとでかい画面で見たいなあ」「ちゃんとした映像だったらなあ」と不満を持つことは、当然ある。それでも、環境の不備はそれはそれとして、映画そのものに対しては公正な気持ちでいられそうなものなのに。「歓びのトスカーナ」を見終えて、ぴくりとも気持ちが動かぬまま試写室を出ながら、ああ、もう映画を見ても仕方がないな、とはっきり感じたのが4月の末。この気分の正体はまだ謎めいていて、正確に記述するのは難しいのだけど、とにかくこうして、ここ10年くらい断続的に考えていた問題に、また立ち戻ってきている。フィルム対デジタルだとか、Netflix抜きにして未来は語れないだとか、いや、だらしなくソファに寝転んだまま映像が享受できる時代だからこそ、背筋をのばしてスクリーンに向き合うべきだ、とか、バカ、映画館で背筋をのばして座る奴は万死に値するのだぞ、お前なんぞは脳に電極でも刺しておれだの、さまざまな差異が、さもそれが差異であるかのように語られる。でもそもそもそんなものは、差異ではなかったのだ。ひとりひとりの脳内のスクリーンになにが映り、どんな刺激がもたらされているのかという、誰にも確かめようのない映写状況の違いと比べたら。

たったいま一緒に見ていたはずの映画について、誰かと話をする。客観的なデータは、もちろん、揺るぎないものとして存在している。制作年度。上映時間。監督名。出ていた俳優。とはいえ、実際にわたしたちが体で感じる上映時間の長さ短さは、アラビア数字の表記とはめったに一致しない。あらすじをおのおのの言葉で聞かせあったなら、相手の理解のしかたに呆れ果てたり、逆に自分の誤った思いこみに冷や汗をかいたりするだろう。本当にこいつと自分は隣り合わせに座って、同じ時間を共有していたのだろうか。すぐにデータの検証が可能である現代、個人個人の記憶の不備や認識の違いを「間違い」としてまず排除してから物事にとりかかるのがたしなみのようだが、事態はそんなに単純なあれではない。と書くと、「この頃はなにかと窮屈でのぅ……」と杖を突きながらどこからともなく登場する架空の爺さんみたいだけども、そういう話じゃない。わたしたちが(映画について)話すとき、一緒に立っているつもりの理解の土台は、なんて不安定なんだろうかって話。だったらもう、気分をどのくらい重ね合わせられるか、に賭けるしかない。

ハードコアな批評が軒を連ねる誌面で、「気分」を持ち出すのが場違いなのはわかっている(*5)。気分や体調などといったあやふやなものに左右されず、マシーンのように見続けるのが真にあるべき姿なのだろうなと反省もする。同時に、こうも思う。ものを見るときなるべく偏らず公平であろうと心がけるのは当然としても、その原則にとらわれすぎたなら、フェアではない。人間は気分で動くものだし、同時代性から逃れることは極めて困難なのだから、折々の空気に軽率に振り回されるしかない。その様子がヴィヴィドに刻み付けられたもののほうが、あとになってからの資料的価値も、結局は高いのではないか。いきなり引き合いに出されても迷惑かもしれないが、今年注目された以下の3冊の本には、「気分派」の揺り戻しが、たしかに見える。順不同。

〆缶邉(編)『心が疲れたときに観る映画 「気分」に寄り添う映画ガイド』(立東舎)
岸政彦、石岡丈昇、丸山里美『質的社会調査の方法 他者の合理性の理解社会学』(有斐閣)
佐藤文香(編著)『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(左右社)

,詫妻曚淵織ぅ肇襪里箸り。7人の書き手が、「進路に迷ったときに」「孤独をかかえたときに」「生きる希望を見失ったときに」「片想いしているときに」など12のシチュエーションに応じて映画を紹介する。映画本の過度なカタログ化や情報偏重への反発として、また、編者自身の「心が疲れた」体験も反映されて、書き手の個々の気分を掬い上げる本ができた。

これを読んでいる初夏のいま、わたしはちょうど否認期から混乱期へと差し掛かっている。読書では病気は治らないが、問題を相対化するためのヒントはもらえた気がする。映画でも音楽でも、なんでもいい。先人たちや同時代人たちが頭をひねり、心を込め、腕によりをかけてつくったものを、ただ寝そべって口をあんぐり開けて待ち受ける怠惰な行為にも、意味はある。つまり、自分が後生大事に抱えている悩みも誇りも、しょせんはありふれたものだと知ること。たかだか網膜剥離くらいでこの世の終わりの絶望を決め込むのは、運動会のかけっこで優勝して世界征服した気でいる小学生みたいなものだ。上には上がいる。ボルトを見よ。カール君を見よ。あの後半の恐るべき加速を!

社会学の教科書である△蓮⊇駝召肋難しいが、タイトル後半の「他者の合理性の理解社会学」に内容は集約されている。ICレコーダー使用時の注意から、取材対象者に向き合う際の礼儀まで、他人の話をよりよく聞こうとするひとのための最良のガイドブック。そしてなにより、読んでめっぽう面白い。ここでは執筆者のひとり、石岡丈昇の回想に「気分」が登場する。暑いフィリピンでの長期取材から寒い北海道の自宅に戻り、論文をどうまとめたらいいのか手をつけかねていたときに役立ったのが、こまごました現地の印象のメモだったという。取材内容とは直接は関係ない、天気、食事、会話、景色。そのときの「気分」をつかまえておけば、あとからでも「いま」「ここ」の再構築が可能なのだ。

現代俳句のアンソロジーであるに至っては、たくさんの句が、師弟関係でも流派でも年齢でもなく、「おもしろい」「かっこいい」「かわいい」のカテゴリー=気分で分類されている。あまりにもざっくりしすぎではあるまいか、と不安になるが、同時にどこかなじみ深い。そっか、これ、レア・グルーヴみたいなもんか。

映画時評に戻れなくなりつつあるのを自覚しながらさらにまた別の話に移るのだけど、行きがかり上、説明しておくと、レア・グルーヴとは、1980年代、DJやコレクターなどを中心に始まった、音楽の聴き方の流れ。いわゆる教科書的に重要とされている名盤かどうかではなく、お耳に心地よいか、キャッチーなブレイクを含んでいるか、などを評価基準にする、さわやかな批評革命。聴き手主導の動きだったこと、無思想の思想だったこと。少なくともこの2点だけでも、ひとつの大きな転換点だった。

それまで無名だったり、逆に有名すぎて見落とされていたレコードが、がんがん掘り起こされた。日本においてはガラパゴス的な受容と展開を経て、1990年代前半〜半ば、渋谷系やフリー・ソウルへと結実(*6)。中古盤の相場は高騰する。90年代のある時期の東京は、レア盤の密集度世界一を誇る都市だった。私見の限りでは、ロンドンもパリも、トーキョーみたいじゃなかった(当時のニューヨークは知らない)。誰も知らなかったレコードが続々とCD化されて、一般のリスナーへも届いていった。……ほんとにそんなこと、あったんだっけ。いまや影も形もないけど。そういやちょっと前、2017年におけるレア・グルーヴの存在感の薄さについての分析が、話題になったよね。いまのあれこれの基礎をつくったと言っていいほどの巨大な影響を各方面に与えたのに、現在のシーンとのつながりはおぼろげで、忘れられた文化だ、って。正確な文脈は思い出せないけど、そんな趣旨。的確な指摘だと思う。中古盤の値札の数字の変化を観察してたら、よくわかる。上がった値段はいつしか下がるもので、レコードもだけど、CDの値崩れはすさまじい。90年代後半から00年代にかけてさかんに復刻されたレア・グルーヴ/フリー・ソウル/カフェ・アプレミディ(*7)系の中古CD、一部を除いていま、おしなべて安い。2年くらい前だったか、大宮のディスクユニオンの店の前の野ざらし箱で、ジャクソン・シスターズのCDが100円で売られてたのを見たときの「気分」。もともと、投げ売りされてたレコードを再評価するのがレア・グルーヴなんだから、数十年かかって、本来の状態に戻ったようなもんか。

レア・グルーヴが失速したのは、あまりにふんわりした、気分先行のムーヴメントだったからかも。GoogleもYouTubeも存在しない時代だったから、現代のような形での情報戦は起こりようがなくて、でもいまも昔も、レコードの盤面とジャケット(表と裏)に含まれている情報量って、処理しきれないくらい膨大なんだよね。ただ情報を持ってても仕方ない、じゃあどうするかって話だけど、レア・グルーヴの頃も、気分を言葉にするためのデータ解析作業、専門家はみんなやってたはず。ただし、それをリスナーにひけらかすのは野暮、みたいな共通認識はあったんじゃないかな。まずは踊ってもらって。知りたいひとはライナー読んでね、って。まあたしかに、いま、「午後のコーヒー的なシアワセ」と言われると、やや気恥かしい。江分利満が「カルピスってのは、恥ずかしいね」って言ってた、あの感じに似てる。現代だと、うっかりコーヒーなんかすすめたら「こっちはのんびりコーヒー飲めるような身分じゃないんですけど!」とか逆ギレされそうだし。ゆっくりコーヒー飲む余裕がない人間が、CD買うはずないわけで。

じゃあ経済的にも気持ち的にも余裕がないテン年代の若者のみなさんに、逆ギレされずに音楽を楽しんでいただくためにはどうしたらいいか。データで裏をとって、理論の強度を高める。あなたがたはこのコーヒーをこのカップで飲むべきで、統計学的にそれがいちばんおいしいんです、ってサード・ウェイヴ・コーヒーっぽく提案して。ミュージシャン本人に確認済みです。事実こうした人的交流があります。ゆえに最新のジャズの動向はこちらになります。そう言われたら、なるほど納得はする。繁盛する店には理由がある。

でもね、ぼくだけかな、気分をエヴィデンスで補強する「正しさ」志向には、情報を万能なものとみなす権威主義の臭いがするんだけど。きみは言うだろうね。出鱈目な事実認識で書かれた、暗黒時代の音楽批評と比べたら、データ警察のほうがまだいいでしょ、少なくとも「正しい」んだし、って。隙間をすべてデータで埋めちゃう空間恐怖症には、ぼくはどうしてもノンと言いたい、そういう気分。

ま、これは批判じゃなくて嘆きなんだけど、残念、ルールは変わっちゃった。もとにはもう戻らないんだよね、よく知ってる。でもね。気分は気分。それ以外の何物でもないし、たしかに残りづらい。だからこそ、他人に左右されたくないし、説得させられるのは御免だし、あったものをなかったことにはしたくない。とはいえ。しょせんは実体のないものを、どうすればいいか。そのまんま、なにからなにまで覚えとけばいいだけの話だし、それしか方法はないはずなんだけど……さて、できるかな。

なんの映画だったっけ。浜辺にロウソクずらっと並べてさ。生まれてからいままでに会ったひとの名前を、思い出せるかぎり、ひとりずつ口にしていくあのシーンの、あの気分。忘れたくなきゃエクセルで管理してクラウドにでもぶっこんどけばって言われちゃいそうだけどね、現代!

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*1→ 現代のポピュラー音楽はほぼすべて、複数の音が重ねられて編集されたものであり、音盤に「記録」された音とまったく同じ状態のものがいつかどこかに存在したわけではないのにもかかわらず、だ。ライヴ録音ばどうなんだとかそういう話はまたいずれどこかで。

*2→ 2017年夏、ツイッターを見ていると、スマートフォン・タブレットで手軽に楽しめる360度/VR映像コンテンツ「VROOM (ブイアルーム) 」の広告がわりと目についた。そのたびに、キング・クリムゾンの1994年度作『VROOOM(ヴルーム)』を思い出したのはわたしだけではないだろう。

*3→ 初期のレーシック手術はそれぞれの医師の技術に依存する部分が大きく、医療ミスも珍しくなかった(映画「アンダルシアの犬」参照)。なお、現在ではレーザー光線を使って施術されているとの認識はよくある誤解であり、いまでも薄い刃物が使用されている(laserレーザーと、razor剃刀の混同が原因)。

*4→ 妻の鼻が一般の平均よりほんの少し(言われなければわからないくらい)低いのは、生まれつきであって、わたしの殴打によるものではない。また、空手の有段者である妻は、ただ黙って殴打されているわけではない。

*5→ ハードコアついでに言えば、映画館に日常的に通っていると、ハードコア・シネフィルは、実在する。あれっ、あのひと昨日のレイト・ショウで上映後のトークまで聞いて、それどころかどうでもいい質問(第一声が「すばらしい作品を見せていただきましてありがとうございました」なやつ)もしていたはずなのに、今日も朝イチの開場前から並んでるぞ、たしかお住まいは神奈川の奥も奥、もう2、3歩ほど進むと静岡県で、夜になると熊を背中に乗せた金太郎が足柄山からおりてきて民家の軒先に出没するらしいあたりなはずなのに、ご苦労様です、などと、それを目撃している自分は棚にあげて、思う。

*6→ 日本では、の話のついでに触れておこう。田中康夫は、一見AORのディスク・ガイドに見える思想書『たまらなく、アーベイン』(1984年)で、ロックやフォークに不可避的にまとわりついてしまう物語性を引き剥がした、気分の音楽としてのAORを称揚していた。でも、ちょっと角度を変えると、単に自分好みの別の物語を提示しているだけのようでもある。昨日までのゴミレコが(文字どおり)ブレイクひとつで今日から数千円、ということも珍しくなかったレア・グルーヴの、生き馬の目を抜く経済について、ヤッシーはいま、なにを考えているのかな。

*7→ 1994年に「フリー・ソウル」を立ち上げた橋本徹が、2000年にスタートさせた新シリーズが「カフェ・アプレミディ」。「午後のコーヒー的なシアワセ」はそのコンセプト。このあたりを発端としてゼロ年代に一世を風靡したカフェ・ミュージックは、渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』で揶揄されたような気もするけど、ドトールのBGMとして定着した気もする。広義のレア・グルーヴは意外としぶとい。いまのところはまだ。

☆本稿は、2017年秋に発行された批評系同人誌「ビンダー」第5号におけるわたしの連載「なにかが映ってる」のために書かれ、掲載されたものです。転載を許可いただいた湯川静さん、noirseさんに深く感謝します。なお、「ビンダー」第5号は通販で買えますのでどしどしご利用ください(→☆)。

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