Eat Much, Learn Slow (& Don't Ask Why)

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まだ遅くはない
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

ついつい北海道のことを考えてしまう。父方の祖父が旭川の出身だから、つまり自分には北海道の血が4分の1入っていることになるわけだけど、いままであまりそれを意識せずに生きてきた。ふと気付くと、親しく口を利いたり、どこかで会ったらあいさつをしたり、あるいはなにかちょっとした頼みごとをしたりされたり、プライヴェイトでそうした関係を持つようになった北海道出身者が6、7人いる。そしてわたしの周りの北海道出身者には、つまらない人間はひとりもいない。

只石博紀がたぶん室蘭の実家とその周辺で撮った中篇「Future tense」を見て最初に思ったのは、岡本まな「ディスタンス」と三宅唱「ザ・コクピット」の真ん中にこれを置いたら、つながらなさそうなその2本がつながるな、ということ。いやしかし考えてみたら「ディスタンス」が函館の映画だってぇのは忘れようもないことだとして、これは忘れていたけど三宅唱は言うまでもなく札幌の出身で、そして近々、佐藤泰志「きみの鳥はうたえる」を(たぶん函館で)撮るらしいわけなので、別に鬼の首を取ったように北海道北海道言わなくてもいいのかもしれない。そもそも室蘭と函館と札幌は別々の場所だろうし。だから北海道の話はここで終わってこの先には出てこない。

「Future tense」に出てくる要素そのものは、わたしたちにも割となじみ深いものばかりだ。夏、法事に集まってくる家族と親族、立木、食事、台所、会話、薬罐、居間、墓参、TV、濃霧。それでいて、これを一度見てしまったらその途端、割と誰もが、あれっ普通の映画ってどんなふうに画面が構造されて、どんなふうに人間が配置されてるんだっけ、とわからなくなって不安に駆られるはずだ。普通の映画はいまやカッコに入って「普通の映画」になってしまう。いままで何百本、何千本、ひとによっては何万本と映画を見てきているわけですから、限界も可能性もみなさんだいたいなんとなくご存知でしょう。だとしたらどんなやり方にもそう簡単には驚かないし騙されない、ましてやこれみよがしの新しさ(だと作り手だけが思っているもの)には厳罰をもって処すぞ、と疑いのまなざしを(わたしに)向けてこられるのもまったくもってごもっとも。しかしわたしは動じませんし翻意しませんよ。

そもそもどんな映画でも、たいていはファースト・ショットがいちばん最初に来るものと相場が決まっている。では「Future tense」のファースト・ショットはどんなだったか。(相対的に)暗い部屋の中から(相対的に)明るい窓の外を撮ったものだ。横長の暗い画面の中央あたりが、縦に明るく白く切り取られる。長いこと縦長の映像を想像したことがなかったらしい(日本語圏の)映画関係の人類にとって、「タテの構図」というのはなぜか前景と後景、つまり画面の手前と奥の関係のことを呼ぶ言葉のようだけど、そのことは知らなくてもいいし、すでにご存知だったら忘れていただいてかまわない。

文字通り縦長の形に光があふれるその次は。どんなだったか。たしか窓から雨の降る外の景色を撮ったものではなかったか。おじぎをするみたいに下の道路に向けてカメラがパン・ダウンするとき、画面の左右には窓枠がほんのわずか、消し忘れたみたいに残ってはしなかったか。

さてその次は。どうやらだいぶ歳を重ねた、女のおばあさんだった気がする。ピントは最初、おばあさんではなくて、彼女の背後の壁際のなにかに合っている。個人的な事情で、1月下旬から眼科に行く回数が増えた。さまざまな検査のひとつとして、機械にあごを乗せてレンズを覗き込み、そのなかの地平線上のバルーンを見る。バルーンはぼやけたりくっきり見えたりする、というのはそう見えるように像が投影されているからだ。たぶんそれに応じて瞳孔が開いたり閉じたりする、それを検査しているのだろう。ちょうどそのバルーンみたいに、女のおばあさんの像がぼやけ、調節されてピントが合う。

こうした、画面の説明から始まるシネフィルっぽい無芸な文章は、若木さん(たしか北海道出身)にバッテンを喰らうタイプのやつだったはずだ。しかし画面の説明をするのがどうしても必要な映画というのが、たしかに存在する。とはいえたいていの映画は、実はたいしてそんな必要はないのだけど、「Future tense」はまさにそれが必要な映画なのだ。

この映画の監督でありカメラマンである只石博紀は、画面に出てくるほかの只石たち同様、多くの時間、自分は四六時中カメラを操作しているわけではありませんよというアリバイ作りの意味も兼ねて、カメラの前や横や背後のあたりをうろうろしているようだ。カメラはそのあいだ、おそらくほったらかされたまま、どこか固い場所の上にいて、めったに動かない。極度に動きの鈍い愛玩動物が家族を記録したら、あるいはこんな映画ができるかもしれない。

何時間ぶんの素材から抽出されたのか知らないが、まったく驚くほかない映像が連続する。たとえば、弟?の奥さん?か婚約者?が、画面中央でものを食う。最初はその部屋にほかの家族が集まっていたのに、おのおのがそれぞれの事情で出たり入ったりしているうちに徐々にひとが減っていき、最終的にはものをもぐもぐしているその女性だけが画面中央に残る。加藤泰のなにかの映画で身じろぎもせず黙々となにかを食べ続ける三原葉子を思い出すひともいるかもしれないけれど、それにしたってこの、弟?の奥さん?か婚約者?の姿勢はいったいどうしたことだ。断言はできないけれども、こんなかっこうでものを食べる人間が映画に出てくることはそうそうないし、ましてやどんな演出家でもこんなふうに芝居をつけることはできないに違いない。姿勢だけではない。ここにしろ、ピンと背筋をのばしてソファに座り、フレームの外のなにか(テレヴィだろうか)を見つめているときにしろ、ふだんいるのではない場所にいるからだろう緊張感が全身から発せられていて、とくになんの説明もないまま、わたしたちに多くの事情を了解させる。

なんの説明もないのは別にこの、弟?の奥さん?か婚約者?についてだけではない。カメラの前をちょろちょろする只石監督の顔をたまたま知っているわたしは、ここは彼の実家なのだろうとなんとなく推測し、であるならば登場人物たちは必然的に家族や親族なのだろうと想像するだけだ。

そういえば前述の「ディスタンス」が初めて?公に上映された2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭では、クロエ・アンゲノー&ガスパル・スリタの「いつもそこにあるもの」、フリア・ペッシュ「女たち、彼女たち」なんて作品もかかっていた。わたしは2本ともあとになってから見たのだけど、どちらも、出てくる人物たちの血縁関係は明示されず、同じ家にいるからにはまあ家族かそれに近いひとたちなんだろうなと思いながら見進めていかざるを得ないような(と説明すればそれで済んでしまう程度の)映画だった。

ついでにいえば、「ディスタンス」では、家族の昔のホーム・ヴィデオが映るパソコンのモニターだったかテレヴィの画面だったかを撮るショットでの、撮られているそのスクリーン上のホコリというか汚れがそのまま映り残っているのが印象的で、同じようなことはたしか小森はるか「息の跡」でも起こっていたのじゃなかったか。「息の跡」もやはり2015年の山形が初の?お披露目だったはずで、そして例によってわたしは山形では見逃しており、最初に見たのは2016年春の新文芸坐でだった。2017年に一般公開されたヴァージョンは2回見た気がするけど、その、汚れだかホコリのカットは残されていたんだったかな? そして「Future tense」では、汚れだかホコリの乗ったガラスと只石自身の体を突き抜けて、動く家族が撮られる。

話を戻して、おばあさんが大根の皮を剥く場面での、画面外から盛大に入ってくる光のせいで台所全体がオレンジ色に包まれる色彩設計に驚いていると、次のカットでは画面の真ん中でストーヴ?に乗っかったカラシ色の薬罐が存在を誇示していて、最初は無人だったその部屋にひとが入ってきたり出て行ったりしてもカメラは動かないから、動かない薬罐はずっと同じ場所にある。そしてここでも弟?の奥さん?か婚約者?はなにかを食べながら、食事の話をしている。

終盤で暴力的にボヤける真っ赤な花の衝撃、そしてその先の景色についてここで書いてしまうのは、あまりにももったいない。文字には映像にはできない文字なりのやりかたがあるからその安易なやりかたを採用していうならば、ここには鈴木清順も加藤泰もストローブ=ユイレもアンゲロプロスもエドワード・ヤンもホン・サンスも、ぎゅうっと凝縮されたかたちで、みんないる。法事だから、生きてる者も死んでる者も集まってくるのになんの不思議もない。いちばん重要なのは、おそらく自他ともに小津安二郎の弟子だと任ずるどんな映画作家の撮った作品よりも、たぶんそんなことはこれっぽっちも考えていないだろう只石の撮った「Future tense」のほうが、はるかに小津ってるって事実なのだ。ジャームッシュもペドロ・コスタもカウリスマキもどうせまだ「Future tense」を見ていないだろうが、小津はパンクだ、なんてセリフは、「Future tense」を見てから言ってほしいもんだね。

それにしてもどうしてこんな映画が撮れてしまうのか、という(あるひとからわたしに実際に投げかけられた)問いに対しては、そういうひとなんですよ、と(わたしが実際にそのひとにそう答えたように)答えるしかないわけだけど、わたしにとってのいちばんの謎は、2013年にこんな作品を撮っておいて、どうしてどこにも出さずに3年も4年もほったらかしておくことができたのか、だ。それこそ2015年の山形で上映されてもよかっただろうに。

只石が不在だった(という言い方が失礼なのは百も承知で)この数年間に、たいして実力もないのになんとなく雰囲気で注目されたいくつかの映画監督や、自分がより都合よく食っていくためだけにそうした連中を過剰に持ち上げた幾人かの批評家がいたに違いないと思うと、それが誰かは具体的にわからぬまま、いまでもはらわたが煮えくり返る思いがする。

只石を黙殺して絶望を抱かせてしまったということだけでも、実作者、批評家、制作まわりともども、日本映画は全身全霊で少しくらいは反省してほしいと思ってるのだけど、恨み言は言うまい。

そのかわりにこう言おう。わたし自身に向けて。只石監督に向けて。そしてなによりも、なにか突き刺さるような映像を心底から求めているあなたに向けて。いまからでもまだ、遅くはないんだぜ、と。

映画
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