Eat Much, Learn Slow (& Don't Ask Why)

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言わずもがな
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
ペットボトル飲料を買うことすら自らに禁じて空のボトルに水道水を入れて毎日会社に持っていくような倹約生活を送っているわたしですが、よりによってこのたび、貴重な私財をなげうって雑誌「トラベシア」を創刊しました。オフィシャルなご案内はこちら(→☆)。

事情というか理由はいろいろと複合的なんですが、ひとことで言うと、もうガマンの限界なんです。わたしは、義憤に駆られてなにかを始めるとたいていはロクな結果を招かない、と考えている人間でして、そういう人間がことを起こすのはよくよくの事態なのだと思っていただいてけっこうです。

たとえば、ツイッターで「○○(←媒体名)で△△について書きました!」などという投稿を見かけ、なにしろワン・クリックなもんですから、どれどれと気軽な気持ちで読みに行って、センスもグルーヴのかけらもない文章にげんなりしてすぐ読むのをやめてしまう、なんてことがあまりにも続きすぎた。

あるいは、大学でマジメに勉強だけしたようなひとの書いたもの。いいよ、たかだか数百字の文章で「本稿は○○について論じようとするが、その前提として云々かんぬん」だとかの型にはまった前置きは。そういうのはどこかよそでやってくれ。

つまらない文章の書き手に限ってしばしば筆欲が旺盛で、気がつくとしょっちゅう「○○で△△について書きました!」「○○で△△について書きました!」「○○で△△について書きました!」となどとつぶやいていなさる。わたしもいい加減もの覚えが悪いもんで、そのたびごとにうっかりクリックしてしまって、いちいち毎度律儀にムカッ腹を立ててしまうわけです。

そうこうしているうちに。俺だったら絶対にこんな奴らに機会など与えなどしない。さっさと田舎へ帰れ。いまはなにもしていないかもしれない俺の身の周りの連中や、俺が目をつけさせていただいているみなさまのほうが明らかに面白いはずだ。という気持ちがふつふつと湧き上がってくるのも理の当然。

わたしがこれぞ、と思うひとたちの書いたものを集めて形にしたら、つまらない連中を軽々と駆逐できるだろう。そしてあわよくば、音頭をとっただけの自分も、実質的にはなにもしていなくても、♪意っ外と簡単に〜、評価を得られるのではないか。だとしたらすばらしい。それに世の中のためでもある。よし、やろう。

ところでもうわたしはいい歳であり、こうしたものは5年10年前に出しておくべきだったという気持ちも、ないではないです。しかし、10年前にはこれだけの金を優雅な手つきで使う精神的余裕はなかったし、5年前でも、今回参加してもらったひとの約半数にはまだ出会っていなかった。だからいまでよかったんでしょう。

いい歳といえば、いいかげんもう中年なので、杉並区の区民センターのリソグラフで印刷したものを1枚1枚折って重ねて巨大なホチキスで製本するのは、さすがにしんどい。印刷所に出そう。となると金がかかる。金を出すからには、自分が納得するようなやりかたをしたい。

どーせそこらのリトル・プレスなんて、友達だとか多少知名度のあるひとにコネで原稿を頼んで、タダで原稿を集めてるんでしょ、みたいな偏見がある。それはダサいから、原稿料出そう。プロ/アマ問わず全員に、基本的には均一で。民主主義やっちゃおう。

さらに、どーせそこらのリトル・プレスなんて、印刷代その他の諸費用総計(打ち上げの費用も含む)を部数で割って、売価を決めてんでしょ、みたいな偏見がある。それはダサすぎる。40ページで800円とか誰が買うんだよ。しかもそのうち10ページはなにが写ってるのかよくわからない写真が載ってるページで。いや、誰かは買うかもしれないが、自分ならぜったい買わない。売価は500円にしよう。本当は100円か200円くらいにしたいところだけど、それだといくらなんでも赤字が多くなりすぎる。ケチな自分が500円でいいやと決めたんだから、普通の経済観念を持ったひとであればみんな喜んで買ってくれるに違いない。

ちなみに創刊号は250部印刷して、印刷代と各種ギャラの合計で20万円強かかっている。内訳を開示してもいいんだけど、それだと各人の原稿料が推定されてしまうのでここまでにしておきますが。

必然的に、全部売り切ったとしても10万円くらい赤字になってしまう。つくりながら、何人かには「インディペンデントできちんと原稿料出すのはすごいですね!」と言われ、えへんと思いつつも、とはいえ別にひとりに何万円も払ってるわけではなく、自分としても文化的で最低限度の金額を払っているだけなんですが、それにしても思ったより金がかかってしまった。気持ちだけは(没落)貴族のつもりで、と念仏のように唱えながら作業していたものの、こんなことを続けていたら本当に没落してしまう。

次号以降はギャラ以外のところを節約しないといけない。とりあえず打ち合わせの行き帰りにタクシーを使ったり、ほいほいシャトー・オー・ブリオンを開けたりするのはやめにしよう。せいぜい、ダイキリを飲みながら、サルサで踊るのが正しい。

それにしてもリトル・プレスのみなさん、あなたたちっておおむね原稿料払ってないんですよね? 払ってたら続けられないもん。じゃなければ、実家が金持ちか。もしきちんと払ってたり、払わなくても問題ない人間関係をきちんとお築きなされてたらすみません。

こうしたあれこれをいちいち言うのもどうかと思うんですが、最初に書いたように、いろいろガマンしているのがバカバカしくなったんです。考えてみたら別にどこかになにかしがらみがあるわけでもなし、もう余生だから好き勝手やることにしました。とにかく、個々のお名前は挙げませんが、プロ/アマ問わず、わたしをいまも苛立たせ続けてくれているダサいひとたちや、自分ではそうと気付かずつまらない文章を得意気に書いてなさる諸氏、あなたがたには心からお礼を申し上げたい。みなさんのおかげでわたしはこれをつくることができました。

そんなわけで、一見そうは見えなかったとしても、というかそう見えないようにつくりましたが、「トラベシア」は怒りと渇きと名誉欲とルサンチマンの産物です。しかしもちろん、ネガティヴな感情だけが生きる原動力だなんてそんなつまらない人生はまっぴらごめんだ。忿懣によって突き動かされるのと同時に、手元に届いたすばらしい原稿を何度も何度も繰り返し読んでいるうちに、生来の隠しがたい謙虚さが自然と頭をもたげてもきました。要するに、あなたやわたしがそうであるように、ときには笑いときには激怒し、ある程度の複雑さを備えたものになってはいるはずです。

と同時に、申し訳ないですが、わたしがつくったものですから、読んでくださった方の人間性を無意味に試すような箇所も、盛り込んであります。わたしに文責がある部分は、ほとんどすべて「ひっかけ問題」だと思っていただいたほうがいいかもしれません。気付かなかったらそれはそれで差し支えないので、そのままふむふむと読んでください。

これからの展開としては、まず都内のいくつかのインディペンデント系の書店に置いてもらえるよう打診していくつもりです。通販、手売りもやってますし、文フリにも「ビンダー」のところに委託で出すかもしれない。秋には毎年恒例の関西旅行をすると思うので、ついでにそれを納品ツアーにしちゃえとも構想中。その他の地方での取り扱いはいまのところ考えていませんが、自薦・他薦でおもしろそうなお店があったらお願いしてみたい。

そのほかなんでも、「トラベシア」を読んで、執筆者のみなさまやわたしになにか頼んでみたいとか、あるいは単に感想が言いたいとか、花束贈りたいとかあったら、わたし経由でもご本人たちに直接にでもいいので、お気軽に連絡いただけたら嬉しいです。あと、クラウドファンディングとかはしないので、次号に向けてのカンパ(米、現金など)はわたしまでどうぞ。お待ちしております。と、なんか最後は穏当な感じで〆てみます。
雑記
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