Eat Much, Learn Slow (& Don't Ask Why)

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Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
一体こんな時間までどこをうろうろしていたのだ、もうお前以外は全員集まっておるぞ、と言わんばかりの係員の態度に威圧されながら狭い通路を通って席につくと、まわりは春休みを利用してここにいるらしい学生のグループで、それはまあいいとしても、身を乗り出して離れた席の仲間と交わす会話が、「なぁーお前○○持ってる?」だとか、「おおすげぇー、××やってるよ」だとか、こうしていま思い出して字面にしてみるだけで時空を超えて恥ずかしさがよみがえってくるような紋切り型のはしゃぎっぷりで、騒々しいったらありゃしない。だもんで目をつむってじっとしていると、背中の方向から、ときおり爆発するような笑い声が混じった、極度に誇張された抑揚の会話が聞こえてきて、その会話の主たちは数十分後、ワゴンを押しながらわたしの席までやってくると、様式化された身ぶりと口調で、「Would you like something to drink?」と訊いてきた。

それから10時間近くのあいだ、何度か彼女たちにコーヒーを所望する過程でわかったこと。ドトールやベローチェでコーヒーを注文するのと同じマインドセットでは決してオーダーは通らない。極度に誇張された抑揚、様式化された身ぶりと口調をわたしも身につけなくてはならない。アメリカン・エアラインズの機内はアメリカであって、そしてそこで供されるコーヒーはおそろしく不味い。

若干の紆余曲折を経て、数日後わたしは、ニューオーリンズの路面電車で乗り合わせた夫婦と和やかな会話を持ち、バス停での会話の流れでナチュラルに小銭をせびってくる男をやんわりと拒絶し、紙袋にくるまれたボトルから酒を飲みながら自分の注文した品が来るのを待っているおばちゃんの世間話に付き合いさえした。それらの会話はすべて、たまたま近くにいた知らないひと(それはわたしだ)に話しかけることが許されている風土ならではの出来事で、わたしは単にその場の空気に流されて応答したにすぎないのだけど、それにしても、じゃあ、たまたま近くにいるひとに話しかけることが許されない風土、文化、雰囲気って、一体なんなんだろう。

そんな(いつもどおりの)個人的な事情と意見を抱えながら、小森はるか「息の跡」を見る。冒頭、主人公である種屋の佐藤さんの仕事場や、そこでの仕事を少し見せたあと、初めて佐藤さんが発する言葉は、なにか顔が書かれた丸いものが先端にくっついた棒をこちらに突き出しながら言う、「へのへのもへじだ!」のひとことだ。

こちら、といま書いたのは、文字どおり、画面を突き抜けた先のわたしたちであるけれども、その前段階として、カメラと、それをかまえる小森監督のことだ。いきなり棒を目の前に突き出された小森は、驚くでもよけるでもなく、短く、「うふふっ」と笑う。

このかわいらしい声の持ち主はどんな女性なのだろうか(結局、最後まで見ても姿は出てこない)、と気もそぞろになりながらしばらく見ていると、この映画が、通常の会話でもなく、ドキュメンタリー映画らしいインタヴューでもなく、ましてやひとり語りでもなく、ほぼ全篇、問−答の形式でできあがっているとわかる。

ただし佐藤さんが矢継ぎ早に質問を繰り出しているように見えるのは、単に形式的なことに過ぎない。自分の言っていることを小森が理解しているのかどうかの確認であり(「わかる? へぇー、わかるの!」)、つまり、猛烈な勢いでのコミュニケーションへの欲求だ。

そして小森はときどき、佐藤さんの問いを平然と受け流す。届いた自費出版の手記の表紙をめくったところにある地図の出来栄えを訊ねられ、また、自分は別に有名人なわけではないからサインをするのは変だよねと問われ、なにも答えない。しかしそれによって、とくに気まずくなるわけでもない。思えば、わたしたちが日常の中である問いを問われたとき、反応のしかたはさまざまだろう。その問いの本当に意味するところが実は問いではないのだったら、いちいち律儀に口に出して答えを返す必要はない。カメラと一緒にじっとそこにいるだけで、充分に答えになることだってあるだろう。

佐藤さんが本業の種屋の仕事のかたわら、執筆している手記。自分の経験した大事件を、英語と中国語とで記録し、しかも一度書き終えたものも、絶え間なく改訂を続けているらしいのだ。書くだけではない。自分で書いたものなのだから最初のほうだけでも正しい発音で朗読できなくては恥ずかしい、と、何度も何度も繰り返し声に出して、読む。中国語の発音の巧拙はわたしにはまったく判断できないけれども、彼の英語の発音の極度に誇張された抑揚、様式化された口調、そして口から出た言葉がすぐまた自分の耳に入っていくことによって増幅される様子(フィードバック・ノイズ)。見ていてついつい笑みが漏れてしまうし、同時に、教科書的なうまいヘタとは別の回路で、聞く者に大胆かつ強引に伝わってしまう言葉の存在に感極まらざるを得ない。

表面的にはまったく似ていないのだから突飛な連想だと言われるかもしれないけれど、でも本当はいちいちそんなことを断る必要もないのだけど、佐藤さんの英語を耳にして、ジョナス・メカスのしゃべりかたを思い出した。メカスの声と言葉が彼の作品のとてつもなく大きな一部分であるように、ある巨大な外的条件によって規定されたのであろう佐藤さんの声と言葉(息の跡?)は、この映画の魅力の大きな一部分なのだと思う。

メカスがいまのような言葉の使い方をするに至ったきっかけは、もちろんアメリカへ亡命したからだろう。思えば佐藤さんも、急激な環境の変化によって、故郷にいながら別の場所に送られたようなものだ。たとえそういった特異な体験を経ても、たいていのひとは母語にしがみ続けるだろう。ところがある種のひとにとっては、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」。

わたしたちがつい最近見た、もうひとりのexile、「オデッセイ」のマット・デイモン。わたしはあの映画の、言葉のやり取り、問−答のありかたにいちばんぐっと来たのだけど、彼とメカスとのあいだに佐藤さんを置くと、ちょうどうまいことあれこれつながる気がする。佐藤さんの店の前の街道はたくさんの車(トラックが多い)が行き交っていて、でも少なくともこの映画には、店を訪れるひとはほとんど映っていない。佐藤さんだけがほぼたったひとり、まるで火星にでもいるかのように、作業と思索と発話を続けているように見える。ただし、まったく孤独ではない。

(上映のあとの監督のトークで、実際は繁盛している店だということが告げられた。小森がそれを撮らなかった理由も説明され、その理由のつつましさにわたしは胸を打たれた)

ところで佐藤さんの英語と中国語はまったくの独学だというような紹介を見かけるけれども、わたしはそれはちょっと疑わしいと思っている。もともと相当な知的訓練を受けたひとなのではないか。まあその真偽はともかくとして、確実に誰にでも見て取れるのは、佐藤さんの知性のしなやかさ、強靭さだろう。

たとえば、立ち木の年齢を推測しながら海からの高さを測り、地元には記録が残っていないけれどもなぜかスペインに残る古文書には書かれているらしい17世紀の出来事へと話を進めるあたりの論理には、なるほど理にかなっているとはこういうことか、とはっとさせられる。そして、かろうじて今回は水につかっただけで済んだらしい図書館の本をめくりながら、そうした出来事のたびにすべての記録が失われるこの土地について嘆くでもなく淡々と語る口調には、こういうひとたちによって過去と未来はつながれていくのだろうとの思いを強くする。

三浦哲哉がこの映画の佐藤さんについて、こう書いている。(→☆

「都会から遠くはなれた場所で、ふとこういう方と出くわすということがありうる。何から何まですべて一から自分の手で作り、始末し、どんな出来事が起きてもサヴァイブできる用意を整えてぬかりがない、独学の賢人というタイプの御仁である」

そういえばわたしも、山の中でそういう独学の賢人に会ったことがあったなと思い出した。あれは大学何年生のときだったか、車数台に分乗してのゼミの旅行で、たぶん長野県のどこかの家を訪ねた。たぶん総勢20人弱くらいがその家に泊まったのだから、田舎とはいえかなり大きな家だったはずだ。

むろん、驚くべきポイントはそこではない。指導教官がわざわざ東京から学生たちを引き連れて会いに訪れようと思ったくらいだから当然といえば当然かもしれないが、その家の当主の知性の巨大さと深さに、若かったわたしはおののいた。だだっ広い大広間で、具体的にどんな話を聞いたのかはすっかり忘れてしまったが、「こんな山の中にこんなすごいひとがいるのか」と驚いたこと(その驚き方の失礼さはとりあえず措くとして)と、その家の小さな天文台の望遠鏡でみんなでかわるがわる月を見たことは、いまでもときどき思い出す。

ただしこのゼミ旅行が忘れがたいものになったのは、帰り際に遭遇したある出来事のせいもある。猛烈な雨の中、時速120キロで中央道を走っていたわたしたちのヴァンが、走行中、不意に方向を変えて路肩に向かって突っ込んでいったのだ。車酔いでその日の昼食を食べなかったような気がするわたしは、そのとき助手席で甘栗を食っていた。あれ、高橋の野郎(運転手)、なんでこんなところで急にハンドルを切るんだろう、と思うや否や、車は路肩に乗り上げ、甘栗が袋から飛び出て床に散乱した。大学を出た年の7月、わたしは自動車教習所でハイドロプレーン現象というものを知り、あ、あんときのはこれか、と膝を打った。そして、教習所の教官というのはやはりそんなに感じのいいひとたちばかりではなかったけれども、理論と実践が同時進行していくシステムには、当時大いに刺激を受けた。家に帰ってその感想を両親に話すと「そんなのは社会では当たり前であるのだぞ」と一笑に付された。

佐藤さんにも、先に触れた英語や中国語の朗読からもわかるとおり、理論と実践、脳と身体とが、余分なものをはさまず直結して機能している感じがある(いや、もともと直結というか一体化しているものではあるけれど)。例の如くなにかを話しながら、食べ終わったマカダミア・ナッツのチョコレートの箱をゴミ箱に捨てようとして、ふと思いとどまる。そして次の瞬間には、ハサミとテープとを使って、その箱を材料に工作を始めている! こういう一瞬に立ち会うために、わたしたちは映画を見るのだ。三宅唱「ザ・コクピット」で見た、休憩しようと立ち上がりかけたOMSBが、Bimがなんの気なしに投げかけたひとことによってまた腰をおろし、作業を再開するあの場面。あそこにも通じる、大胆不敵で簡潔極まりないアクションがある。

映画の最後で、佐藤さんが外国語での執筆を始めた経緯が知らされる。英語版の手記からの引用と、その日本語訳とが、字幕で示されるのだ。勘のいいひとであれば途中でとっくに気付いていたような内容かもしれない。しかし、佐藤さんにただただ2時間楽しませてもらっていたわたしみたいなボンクラは、ここで不意打ちを喰らってしまう。そしてやはり上映後のトークによれば、驚くべきことに、本作の初期のヴァージョンでは、この字幕は映画の冒頭に置かれていたのだそうだ。となると、ネタバレって一体なんだろうという気分になる。

ただしそんなことは瑣末事に過ぎない。そもそもこの映画は、いま目の前で言葉を発している佐藤さんの来歴や背景についての情報を、ほとんど与えてくれていない。ただし物足りなさだとか不親切さだとかは、一切ない。言い方を変えれば、言葉を発する佐藤さんの声、身体、動きにすべてが詰まっている。いまこうしていろんなことを思い出しながら書いてみて、どうやって〆くくろうかと困ってしまう。まだまだ全然、見尽くせていない、語り尽くせていないのに。一体自分はこんな時間まで、どこをうろうろしていたのだろう。
映画
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