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寝過ごしたり、間に合ったり
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
予定としては、月曜日の夜に新文芸坐のラスト1本割引でジョン・フォードの「わが谷は緑なりき」を見て、火曜日の昼間にラピュタ阿佐ヶ谷に川島雄三の「銀座二十四帖」を見に行くつもりでいた今週、月曜日、仕事から戻ったら眠くて眠くてどうしようもなかったので、新文芸坐に行く前に小1時間だけ寝ようと思ったら案の定、失敗して二度寝してしまい、目が覚めると、もう上映が始まっている時間。本当にまいる。

翌日は時間の都合で、ジョン・フォードか川島か、どちらかを選ぶしかなく、結局、過去何度かいろいろな理由で見送っている「銀座二十四帖」は、今回も縁がなかった、ということで。ラピュタ阿佐ヶ谷が、積極的に行きたい映画館だったなら、あるいは違っていたかもしれないけれど。

昨日の金曜日は、目黒シネマにて「僕のニューヨークライフ」のリヴェンジ鑑賞。これも夜9時からのラスト1本割引を狙って出かける。ただし昼前に仕事から帰ってきて、寝たのが午後2時ころ。6時に起きて、ひと仕事片付けてから、ちょこっと人と会って預かっていた10万円を渡して、それから目黒に行くつもりだったが、案の定、寝過ごしてしまい、ただし、その待ち合わせの相手から電話があって目が覚め、事なきを得た。

−−−

この2本はどちらも、ぼくにとっては、まっとうさについて教えてくれる映画。

フォードについてはいうまでもないだろう。描かれているのは、父親、母親、家族、労働、故郷……についてのまっとうな感覚ばかりで、それらはそのまっとうさによって、軽々と時代と国境を越える。

ここにあるようなもろもろは、現在ではすっかり姿を変えて、その価値だけが微笑のように生き残っている。その微笑に猫の肉体を与えるのは、もはや不可能なのかも知れず、それはたとえば、法律で愛国心を強制するくらいに不可能なことだ。もっとも、重要なのは、不可能であるという以上に、それがバカバカしい行為だということなのだけど。

ウディ・アレンの肉体性、といったら意外だろうか。飛行機で見たときは、言葉が分からなかったせいでアレンの身振り手ぶりに注目せざるを得ず、コメディアンとしての彼の肉体性、というようなことをつらつら考えたものだったが、字幕がつくと、いつもにもまして生々しいものがどろりと噴出してきていて、むせかえりそうなほど。

彼の語る教訓や、女性観や、人種ネタや、その他もろもろは、どうしようもなくキモくてウザいのだけど、それがゆえに、自分にとっては絶対になくてはならないものだと再確認しつつ、アレンがバールのようなもので車の窓ガラスを叩き割るシーンでげらげら大笑いしている無神経な観客に腹を立てたりもして、つまり、ウディ・アレンを見るとはそういう体験のことなのかもしれない、と例によって何かを分かったような書き方をしてみたりもする。

最後にひとつだけほんとうのことを書いておくならば、絵心のまったくないぼくが似顔絵を描ける(と思っている)唯一の有名人が、ウディ・アレンなのです。鳥の目のようなウディ・アレンの目は、怖い。
映画
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真・映画日記『僕のニューヨークライフ』
ウディ・アレンの2003年の作品(最新作は「マッチポイント」)。「さよなら、さよならハリウッド」と「メリンダとメリンダ」の間に作られた。若いコメディー作家が主人公。恋人(クリスティーナ・リッチ)とは半年以上のセックスレス。わがままぶりに振り回され、さらに
CHEAP THRILL : 2006/08/02 6:14 PM
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