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人間
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
このあいだからちょっと、寄り添うように映画につきあうことについて考えていて、具体的には、ひとつひとつの作品についてこれはおもしろいこれはつまんないと端的に片付けたりとか、あるいは、一度や二度ひどい目にあわされたからといって二度と口を利かなかったりとか、そういうことをしないで中長期的なスパンで相手をしてやるってことで、こうして書くとなんだかすごく大げさだけど、たとえば日常的な人間関係の結び方ってのはそういうものだったり(あるいはそういうものでなかったり)するわけだから、だから特段かわったことなのではなくてむしろそうしないほうがよっぽど不思議なのかもしれないけれど、むしろ煮え湯については誰かに呑まされるよりも無意識のうちに呑ませていることのほうが多いものでそういうことが言えるのかもしれない。

たぶん将来的には小川紳介の全作品を見ることになるのだろうとは思いつつも、「1000年刻みの日時計 牧野村物語」をいままで後回しにしてきたのは、丸4時間近い長さにおじけづいていたのもさることながら、いわゆる一般的な意味でのフィクションを取り込んだ作品だと聞いてなにか安易なことをしているのではないかとの危惧があったからなのだけど、夜勤明けの夕方、昼間山手線の車内で2週半眠っただけの状態で見てみると、さすがに何度か眠気に負けたからというだけの理由ではなく、また見直さなくてはならないと思ったし、さらに言えば、小川紳介とこの先、正対し続ける必要が自分にはあるなとも感じた。

意識と時間がなにがなんだか分からぬ状態でごっちゃになったこの語り口。たとえば、山の神の小さな社についでみたいに一緒にまつられている男根状の石の挿話。それを掘り出したお百姓さんの息子が、それを掘り出した自分の父に扮してまずは物語る。次にその息子は、今度はその当時(20年前)の自分に戻って、父親が埋め戻した石を掘り出し、家に持ち帰る。そして縁の下にその石を隠したところまでを再現すると、ふとそこで現在の自分に戻って、「……というわけでここに20年置いておいた」と語る。歳月の瞬間的な移行、日常生活ではよくやっていることだけど、あらためて映画で見ると驚かされる。

200年以上前の一揆を、現代の村人たちが当時の百姓の思いを代弁しながら再現する。衣装は現代の彼らが日常的に着ているであろう服。対する権力者側は田村高広らプロの役者が、きちんとした時代劇の衣装を身につけて演じる。演じることの中に階級関係が見える。小川プロが上山で築いてきた13年間の人間関係がにじんで見える。そうなるともう、再現している/されているドラマを単に再現ドラマなどと言うことはできないし、しかしいやむしろ、こういうものこそが本物の再現=ドラマなのだろうし、もう一歩踏み込んで言えば、これは、金をかけずにできるアンゲロプロスだと思うし、ただしそのかわり、とてつもない信頼と時間とを費やす必要があるけれども。

小川プロは人間にかまうのと同じ視線で土を見るし、稲を見る。土と接し続けた体験を神格化せず、あの手この手で強引に視覚化する娯楽=科学映画の作り手としての小川紳介。重ねられる透明のパネル、地下水に触れるとぴかっと点灯する豆電球、田んぼの断面を図示する立体図。高校生の科学部の発表のような地味な高揚感がある。そしてここから個人的な話に移ると、おこされた田んぼに水が流れ込んで満ちていく光景に、なんともいえない安心感を覚えてしまった。それはわたしが物心ついてから東京に出てくるまでのあいだ、それこそ自分のよく知っているものとして見つめ続けた景色だったから。雨の日、傘を差したまま自転車に乗っていてそこに転落したこともある場所としての水田。わたしは水田を知っている。田んぼの脇の水路でザリガニをとった。水の引いた田んぼでイナゴをとった。小学校の校庭から、フェンスを乗り越えて刈り入れの済んだ下の田んぼに飛び降りた。そうした場所としての水田。田村正毅のカメラは、地面すれすれを稲の根をかき分けるように進んでいく。泥。マングローヴの林をカヌーで通り抜けた思い出。

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渋谷新南口の光塾で、中山洋孝「省エネ生活党宣言」、中島信太郎「ジャックの友人」、渡邉寿岳「かつて明日が」の3本立て上映を見る。たとえば1960年代のスウィンギン・ロンドンで、のちに世界的スターになる誰と誰が家が近所だったとか、たまたま同じライヴを見ていたとかいった逸話があったりして、なんたる偶然、と思ったりするわけだけど、あるひとによれば、意外と90年代の下北沢でよくスリッツに誰それがいたよというのと同じようなもんなんじゃないかとの仮説が提示され、考えてみればそうしたことですらもう若干伝説の域に入りつつあることを考慮するならば、2012年3月のこの上映会のチラシが、10年か20年経ったときにヤフオクで高価取引される可能性も皆無とは言えないだろうし、あるいはそうでもないかもしれない。

わたしには「かつて明日が」がいちばんよかった。ガード下、通過する電車の投げかける光の図形。真っ暗な画面の中の小さな白い点。それは真っ暗な家の中に設置されたカメラによって撮られたドアの覗き穴からの光で、帰ってきた男がドアを開け、また閉め、換気扇を回すと、そこからも回っている換気扇の形の光が入ってくる。なんてことのないドアの隙間(蝶番側?)がしばらく映される。そこからなにか出てきそうで怖い。カンヴァス?に定規を使って、なにか線が引かれているそのノイズがやたらと騒々しく響く。カンヴァスの真下にマイクを仕掛けているみたいに。ヴィデオ・テープの巻き戻される音も、いままで聴いたことのない音のようにうるさく聞こえる。朝、窓が開けられると、画面の半分が建物、あと半分が紫の空。

「かつて明日が」に出てくるのは、こうしたものだけではないけれども、おもにこうしたものであって、人間は、会話やアクションで映画を進行させる道具という意味では、ほとんど出てこない。それでも人間のにおいや残り香が、濃厚に伝わってくる。スカパラのクリーンヘッド・ギムラが、自らの仕事を「におい」とクレジットしていたのを思い出した。現物を知らないひとにはなんのこっちゃいだろうけど、一度見ればなるほどとうなずかざるをえないところも共通しているだろう。

もちろん映画はいままでもさんざん景色を映してきたし、それに対してわたしたちはいいとか悪いとか言ったりする。しかしそれらはほとんどすべて、人間が景色をどう見るかの話であって(それがいいとか悪いとかではない)、猫や犬や宇宙人が景色と人間をどう見るかについてはろくすっぽ考えられてこなかったのではないか。わたしは田坂具隆「土と兵隊」を見て、伊佐山三郎のカメラを、まるで宇宙人が戦争を見る視線だと言った。それ以来ひさしぶりに、わたしは映画を撮る宇宙人を見た。それは超人的なカメラというのではない。キートンのアクションを超人的と形容するとき、そこには普通の人間の身体的な基準が念頭にあるけれどもこれはそもそもそうしたところからは出発していない。

かつて、絵画だと静物画や風景画があるのに小説だとどうして必ず人間が出てきてしゃべらなくてはいけないのか、と問題提起していた保坂和志はこの映画を見ただろうか。窓を開けると、外のノイズが入ってくる。それは日常によくある瞬間だけれども、昔見た平山秀幸「OUT」では、たしか死体の処理が終わって窓を開けたとき、そんな当たり前のことすらしていなかったじゃないか。そのことを自分は10年間ずっと忘れながら不満に思っていたんだった。

ラスト近く、雪の日、少しだけ人間の雰囲気が濃くなる。「かつて明日が」は、あまりにも人間中心主義的である映画というものに対して、叛旗を掲げてもいないし異論を唱えてもいないだろうが、もしかしたら小首をかしげているかもしれない。その角度はとてもわずかで、それでいて強靭だ。わたしが気付くくらいだから、誰が見たって気付くだろう。いったいいつになるか見当もつかない次回の上映を逃さぬよう、警告しておく。
映画
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