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マキノ雅弘の仁義の切り方
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
新文芸坐のマキノ雅弘特集では、結局11本も見てしまったようだ。とはいえ、彼の生涯における監督作品数は250本を超えていたはずだから、これくらい見ても、どうってことはない。

最終日は、「日本やくざ伝 総長への道」(1971)と「純子引退記念映画 関東緋桜一家」(1972)のカップリング。どちらも、マキノの最末期の作品で、東映仁侠映画にとっても、そう。腐りかけの桃のような美味しさがあった。

深作欣二の「仁義なき戦い」の1作目が公開されるのが翌73年の1月、わたしが生まれた次の週。そのころ、マキノはもう映画を撮らなくなっていたけれど、仁侠映画最末期のこの2本にも、リアリズムの風はすでにびゅうびゅうと吹き荒れはじめている。

−−−

「総長への道」のラストでの、高倉健と若山富三郎のお決まりの殴り込み。ばったばったと悪者を斬り殺す健さん、その暴力描写、血しぶきも相当にハードなものだけど、もっと衝撃的なのは、倒れている若山に歩み寄る、その演技。およそ仁侠映画では考えられないリアリズムで、息を切らしているのだ!

対照的に、高倉健と鶴田浩二の初めての出会いのシーンでは、いかにもオールド・ファッションドな仁義の切りあいを、これでもかとばかりたっぷりと見せてくれる。そのとき、わたしたちは、どんなに激しくリアリズムにさらされようとも、ある様式の中でこそ輝く魂と魂のぶつかりあいが存在することを、たちどころに了解する。

−−−

「関東緋桜一家」のハッピーエンド風の結末(とはいえ、健さんと藤純子が東京を去っていくというものなのだが)は、当時の観客をシラケさせたという。それも分かるけど、いいじゃないの、お祭りなんだから。

それよりも、芸者の藤純子が居合いの達人だったり、バンバンとピストルを撃ちまくったりする荒唐無稽な(←ほめている)設定なのに、殴り込みが妙にうす暗がりの中で展開されたり、それを追う映像が急に手持ちカメラになったりする中途半端なリアルさのほうが、よっぽど気になる。

ただし、その不徹底さがどことなく感動的であることも、たしか。

−−−

それにしても、この特集の期間中、新文芸坐はおっさんとおっさん予備軍(わたしだ、わたし)ばかりで、若者や外人はいなかった。小津や黒澤だけではなく、マキノを見なくては日本映画の話なんてできないだろうに。

とはいえ、マキノ映画の楽しさは、いわゆる加藤泰のような構築された様式美ともまた違うから、難しいのかな。ともかく、誰かに独占されるべきではない。

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映画
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純子引退記念映画  関東緋桜一家
関東緋桜一家 初公開日: 1972年3月4日 ゴウ先生ランキング: B+ 新文芸座 2006年2月17日(金)12時50分からの回 特集「銀幕の名巧 マキノ雅弘監督傑作選」 関連サイト: 純子引退記念映画 関東緋桜一家――goo映画
映画と本と音楽にあふれた英語塾 : 2006/04/07 3:36 PM
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