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書籍『アジア映画の森 新世紀の映画地図』に参加しました
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
情報がリリースされたので、ひさびさの告知ネタです。

今月末に刊行される夏目深雪&佐野亨・編『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)(→Amazon)に、キム・テギュン論を寄稿しました。800字というごくごく短いものですが、わたしのところはともかく、超豪華メンバーが集結して、たいへん読み応えのある本になっている様子。どうぞお楽しみに。なお、この本は、2003年に同社から出た『アジア映画』(→Amazon)の続篇です。こちらもおすすめ。

なんかここ5年くらい、大小含めていろいろやってきた気がしますが、
a)紙媒体に、
b)名前を出して、
c)ギャラをもらって、
原稿を書くのは今回が初めてだと思います。あ、「野獣死すべし」サントラのライナーもあったか。(→Amazon) (→ディスクユニオンのサイト

小尾隆のブログの自己紹介記事にあった一文、「1990年 グレアム・パーカーやニック・ロウの記事を『レコード・コレクターズ』に書き、メジャー否せいぜい3Aクラスのデビュー。」が気に入ったので、わたしも使わせてもらうことにします。もっとも、9回裏に守備固めで出たのが唯一の出場機会だったとか、生涯記録が代打で出て1球目でデッドボールくらっただけとか、そういうひともたくさんいますからね。
告知
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ある映画館への手紙
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)


新文芸坐
支配人様
従業員一同様

拝啓

突然お便りを差し上げる非礼を何卒お許し下さい。小生、豊島区に住居しております映画フアンの鈴木と申します。自宅から近いこともあり、月に一、二度は必ず貴館を利用させていただいております。映画鑑賞なる趣味も、かつての“定番”の座から転落死、世間ではすっかり時代遅れになりつつあるなどとチラリと小耳に挟んだりもいたします昨今、徒にスリーディー映写などの流行を追わぬ貴館の姿勢は大いに支持に値すると感じております。

また、地元の商店とのタイ・アップによるサグーン・ロールの発売、朝の開場前のコーヒーの廉価販売なども、生憎と未だ利用するには至っておらないものの、興味深い試みと拝見しております。

さて、今回慣れない電子機器を操作しつつこのようなメールの筆を執るに至った理由ですが、映画フアン、及び貴館のフアンとしていくつか苦言を呈したく感じた次第です。それと申しますのは、貴館の特集上映の語呂の悪さと、チラシの図案の拙さについてです。

たとえば今般の「生涯現役を貫いた稀代の名優を偲ぶ 追悼 淡島千景」など、確かに内容と一致はしておりますものの、何んともだらだらとして、口に出した時に締まりがない感は否めません。日々、頭を捻っていらっしゃる皆様に此の様なことを申し上げるのは釈迦に説法とは存じますが、チャキチャキとした“おけいさん”にふさわしい、語呂の良いキャッチ・フレーズをつけていただきたかったと些か残念でなりません。

続いてチラシの件ですが、近年特に酷かったと記憶しておるのが、「にんじんくらぶ」の特集のチラシでした。女優を表に立てた特集のチラシとはとても思えず、折角の好企画が台無しになる図案と思え、少なからず失望させらました。様々なしがらみもあろうかとは存じますが、神保町シアター、ラピュタ阿佐ヶ谷等のチラシの目の覚めるような「センス」を、貴館においても是非採り入れていただけますよう希望いたします。

また、夏に向けて貴館では、恒例の戦争映画特集の企画を進めておられることと推察します。この企画は小生が最も楽しみにしている物でございまして、「戦争を語り継ぐ」意義、「忘れない」意志には大いに敬意を表する次第です。しかしながら、正直な所、毎年毎年代わり映えのしない番組の連続で、少々うんざりしてもおります。

勿論、年によって多少の新機軸を打ち出しておられる事、そしてそれが「旧作邦画フアン」や「常連」に余り受けがよくない事も承知しております。つきましては、余計な御世話との謗りを受けるのを承知の上で、「2012年バージョン」の日本の戦争〜戦後関連映画の番組案を考案してみました。貴館の慣例通り、各日2本立て、1週間のプログラムを想定しております。勝手ながら、選出意図についての簡単なコメントも添えてみましたので、参考にして下さいませ。

−−−

【第一日】
・斎藤寅次郎「東京五人男」(1945年)
・成瀬巳喜男「おかあさん」(1952年)
☆「東京五人男」は、「狐の呉れた赤ん坊」と並んで、戦後日本映画が産んだ最初の傑作であると考えております。「おかあさん」では、直接的・間接的に、人がバタバタと死んでゆきます。登場する死者の数では、成瀬巳喜男の映画の中でこれが一番でしょう。

【第ニ日】
・今井正「純愛物語」(1957年)
・蔵原惟繕「愛と死の記録」(1966年)
☆美しい原爆映画2本。今井正嫌いのいわゆる「シネフィル」諸氏は、高峰秀子が彼のことを「日本で5本の指に入る演出家」と書いている事実についてはどうお考えでしょうか。この日は、江原真二郎、中原ひとみ夫妻のトーク・ショウ付きで願います。

【第三日】
・前田陽一「喜劇 男の子守唄」(1972年)
・岡本喜八「江分利満氏の優雅な生活」(1963年)
☆戦後の怨念が渦巻く2本。戦後初期の世相を表すのにもっと多く使われる「リンゴの唄」とネガ・ポジの関係にある菊池章子の「星の流れに」を執拗に使用した「喜劇 男の子守唄」のクドさを振り返りたいと思います。

【第四日】
・マキノ雅弘「朝やけ血戦場」(1956年)
・山内鉄也「忍者狩り」(1964年)
☆時代劇2本。日本映画は伝統的に、パルチザンやゲリラ戦を描くことがあまり得意ではなかったと思いますが(そういう体験がなかったのでやむを得ません)、時代を現代に限定しなければ、それに類した事例を見出すことができます。

【第五日】
・木村栄文「記者それぞれの夏」(1990年)
・井土紀州「レフトアローン1&2」(2005年)
☆戦後左翼映画の教条主義的・人間置き去りの硬直性から遠く離れたところで人間を見つめるドキュメンタリー2本。長いスパンで戦後を捉えています。

【第六日】
・押井守「機動警察パトレイバー2 the Movie」(1993年)
・篠崎誠「忘れられぬ人々」(2000年)
☆1945年以来、半世紀にわたって作られてきた愚にもつかない戦後映画の屍の上に、ようやくこれらの作品が登場したことは喜ばしいことです。こうした特集の一部として上映されることで評価が活性化することを希望して。

【第七日】
・小川紳介「三里塚 第二砦の人々」(1971年)
・舛田利雄「あゝひめゆりの塔」(1968年)
☆迫真の戦争映画2本。前者は、実際の戦闘シーンを多数収録。後者は、今井正版(小生はこれも好きですが)と同じくらいの頻度で上映されるべきと考えています。貴館でもようやく昨年上映されたのは有難かったです。

−−−

長々と書き連ねて参りましたが、最後に、今後番組編成に困った場合でも、安易に「フアン投票」などの手法に頼ることのないよう、進言いたします。素人がよってたかったところで所詮は素人であり、よい番組を組むことは到底出来ません。貴館のスタッフの映画人としての矜持に期待します。貴館の益々の発展を祈りつつ。

敬具


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映画
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現代
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
名前を覚えづらい名前の監督たちが撮った映画を続けて見たら、狙ったわけではなかったのにどちらもアカデミー賞受賞作。サイレント映画との触れ込みの「アーティスト」は、全篇にわたって音楽がついてて、つまり全然サイレントじゃなかったけど、もう21世紀だし、あれくらいの音の量だったら、宣伝の方便として「サイレント」と言うのもアリかな、と一瞬思ったけど、いや、やっぱりよくない。だいたい、始まってすぐ、劇中でサイレント映画が上映されているシーンがあって、その映画館には楽団がいて音楽をつけてる。その音楽と、もともと「アーティスト」についてるBGMとがあまりに粗雑な手つきで一緒くたにされているのには、思わず「えーっ」と声を上げたくなった。昔、「裸の島」を見たとき、本来セリフがあってしかるべきところをいい音楽でごまかしてエセ・サイレント風に仕立てあげてる、と感じたことを思い出したり。あと、中盤で音を使うべきだったのは、洗面台のところじゃなくてその直前のトーキーの試験の試写室のシーンだったんじゃないのかな。最後のダンスはそりゃ楽しいんだけど、個人的好みを言えば、主人公の男にはしゃべる芝居でカムバックしてほしかったよ。

続いて「別離」。「彼女が消えた浜辺」同様、いろんな感想よりも全部先に来るのが、「話がつまんない」ってこと、とか書いたらバカにされるでしょうか。ただしこの、話がつまんない、というか、わざとつまんなく語る、ということによって、この映画は現代映画になっているのかも。モード・ジャズが出てきたとき、コーダルなラインの動きの快感がダサく感じられた瞬間があったと思うんだけど、それに近いのかな。面白いのがかっこ悪いみたいな。でもそれは何かの死期が近づいてきている証拠だし、「アーティスト」の過度のわかりやすさと、「別離」のあえてのわかりづらさは、中二という名のコインの裏表なんだとおもうよ。結果的に「別離」は、成瀬巳喜男のいちばんつまらないときみたいな映画になってる。話をつまらなくすることで演出に着目させるのが現代性ならば、そういうものはいらないやって思っちゃうんだよねー。

そういうモヤモヤをかかえつつシネマヴェーラに足を伸ばしてみると、丸根賛太郎をやっていて、屈託なく笑える映画のありがたさにあらためて感謝感謝。そして、「別離」にはこういう、心置きなく笑える箇所はひとつもなかったなあとようやく思い至ったのでした。笑えない映画は、見ている間はなかなかそのことに気付かない。それがやつらの手なんだよ。
映画
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労働者階級の英雄
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
読み終わるや否や、押し付けるみたいにひとに貸してしまっていま手元にない状態で、なおかつそれからまた少し時間がたってしまっているのだけど、それでも、忘れないうちに、佐藤忠男「長谷川伸論」(→Amazon)のことを書いておこう。

いつも思うことだけど、とにかく佐藤忠男の文章のわかりやすさは尋常ではない。いままでいろいろなところで目にしたものを思い出してみるに、読んでいて文意が取れなかったことはただの一度たりともなかったはず。気の利いた(がゆえにときどきわかりづらい)比喩とか、修辞的効果を高める複雑な構文とか、持って回った言い回しとか、思わせぶり、皮肉、当てこすり、そういったものは一切ない。もしくは、読んでいてそれらの存在に気付かされることはない。佐藤忠男は恥ずかしいほどに愚直なのか、それとも異常なまでに自己を律して言葉の過剰包装を避けているのか。

佐藤の著作のすべてに眼を通すことは到底できないけれども、彼とて間違いを書いたり、うすぼんやりとした文章を野に放ったり、的はずれな意見を垂れ流してしまったり、することはあるだろう。それでも根本においてわたしは佐藤に圧倒的な尊敬と信頼を寄せているし、一度など初詣の際の絵馬に「安田謙一先生や佐藤忠男先生のような文章が書けるようになりますように」と書きもしたし、それでも神様はお忙しいらしく、それとも賽銭をケチったせいなのか、わたしの願いはまだ聞き入れられていない。

ともかくそんなわたしはこの本を、佐藤忠男に対するいつもの安心感と、長谷川伸に向けての若干の興味とから読み始めた。まずあとがきを見ると、自分の批評家としての力量はほぼすべてここに打ち込まれているはずだ、といったような一文があり、この手の大言壮語、ハッタリからもっとも縁遠いはずの佐藤がそこまで言うからにはよくよくのことだろうと身が引き締まる。

そして読み進めるうちに、これがとんでもない本であることがだんだんわかってくる。はたして佐藤は、広範な知識と平易な語り口を総動員して、長谷川伸本人の生い立ちから初期の西部劇が日本に与えた影響へと、司法制度の内包する諸問題から日本の道徳観念の変遷へと、教育問題から労働者の生活へと、次々に論を進める。その途中、折に触れて、耐えきれぬように佐藤忠男自身が噴出する! 実際この本は、佐藤が自分自身を長谷川伸に重ね合わせんとする、ほとんど妄執に近い異様な情熱の産物といっていい。

たとえば下記のような文章は、およそわたしたちが映画評論家という肩書きから期待/予想するものからは程遠いし、そして、なるほどこれはいかにも佐藤忠男にしか書けない一節だろうとも思う。

「労働者出身の文筆家というのは、現在の社会では稀少価値である。長谷川伸の時代にはもっとそうであったに違いない。私は、こういうことが稀少価値でなくなる社会を、あるべき社会として望むが、現状はそうである。それが稀少価値であるということは、その書くことの内容も大きく左右する。労働者出身の文筆家は、知識層出身の文筆家とおなじようなことを書いているかぎり、容易に認められはしないのである。しかし、労働者としての経験にもとづいたことを書くと、その稀少価値のために大いに注目されるのである。」

「われわれはいつの日か、封建社会の親分子分の葛藤を扱ったドラマを見て、これはまったく自分と関係のない話だ、と思える日を迎えることがあることがあるであろう(ママ)。その日というのは、われわれが、勤め先の会社や役所において、課長や部長や社長や長官を選挙で選ぶようになったときのことであろう。上役の命令さえあれば無自覚になんでもやるというのでなく、いちいちそれを、自分の良心に照らし合わせるという自由と自覚を得た日であろう。」

もっとも、この本がはじめて世に出た37年前ならともかく、2012年現在、佐藤忠男が労働者階級出身であることをあげつらったりあるいは特別扱いするひともそうそういないとおもうけどどうなんだろう。そしてわたしにとって気になるのは、佐藤忠男がおそらく第一次産業と第二次産業のみを労働者階級と認識していて、それと対比するものとして第三次産業を想像しているのではないか、ということ。誰かが言ってたように、ワン・ビンの「無言歌」を見に行って息を呑むわたしたち第三次産業従事者だって、一介の労働者に過ぎないのですよ!

ところでまた別の誰かが、「ロイドの福の神」について、貧民を小馬鹿にしていて笑えない、と言っていた。たしかにあの映画の中でのロイドは、貧民街の労働者の人格をとくに認めていないように見える。そしてスター俳優であるロイドは、日雇い労働者かもしれないエキストラの数百倍の賃金を得ているだろう。しかし待ってほしい。あの映画でロイドがやっていることは、自らの肉体を資本にした労働なんじゃないか? わたしにとってはそれだけで充分。

ここまでの文章はぜんぜん長谷川伸の話になってないから、長谷川伸のことを名前くらいしかしらないかもしれないあなたはきっと、この本を読もうという気にはならないかもしれない。わたしだって長谷川伸の書いたものは「ある市井の徒」を読んだだけで、ただしこれは、自分のことを普通の人間だと勘違いしている異常人の自伝であり、とてもおもしろかった。ちなみにわたしの分類だと、山口瞳も「自分のことを普通の人間だと勘違いしている異常人」フォルダに入る。そしておそらく、佐藤忠男も。

よしんば長谷川伸をよく知らないとしても、山下耕作「関の弥太ッぺ」や加藤泰「瞼の母」「沓掛時次郎 遊侠一匹」を見たことがあるのならば、いや、見たことがある奴を見たことがあるのならば、この本を読んで損はない。長谷川伸の名前に心当たりがないというのなら、「東京公園」の榮倉奈々を思い出してほしい。それでもまだ長谷川伸について知ることになにがしかの時間を割くことに半信半疑であるとか、日本映画には興味がないとか駄々をこねるのならば、長谷川伸的世界は海をこえており、その残響はウォルター・ヒル「ストリート・オブ・ファイヤー」や、ショーン・レヴィ「リアル・スティール」にも聞きとることができると言おう。もっとも最近の事例だと、ニコラス・ウィンディング・レフン「ドライヴ」のエンド・クレジットに、「Inspired by Shin Hasegawa」と書かれているのが見えた。ただしそれはわたしの目の錯覚かもしれない。
書物
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人間
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
このあいだからちょっと、寄り添うように映画につきあうことについて考えていて、具体的には、ひとつひとつの作品についてこれはおもしろいこれはつまんないと端的に片付けたりとか、あるいは、一度や二度ひどい目にあわされたからといって二度と口を利かなかったりとか、そういうことをしないで中長期的なスパンで相手をしてやるってことで、こうして書くとなんだかすごく大げさだけど、たとえば日常的な人間関係の結び方ってのはそういうものだったり(あるいはそういうものでなかったり)するわけだから、だから特段かわったことなのではなくてむしろそうしないほうがよっぽど不思議なのかもしれないけれど、むしろ煮え湯については誰かに呑まされるよりも無意識のうちに呑ませていることのほうが多いものでそういうことが言えるのかもしれない。

たぶん将来的には小川紳介の全作品を見ることになるのだろうとは思いつつも、「1000年刻みの日時計 牧野村物語」をいままで後回しにしてきたのは、丸4時間近い長さにおじけづいていたのもさることながら、いわゆる一般的な意味でのフィクションを取り込んだ作品だと聞いてなにか安易なことをしているのではないかとの危惧があったからなのだけど、夜勤明けの夕方、昼間山手線の車内で2週半眠っただけの状態で見てみると、さすがに何度か眠気に負けたからというだけの理由ではなく、また見直さなくてはならないと思ったし、さらに言えば、小川紳介とこの先、正対し続ける必要が自分にはあるなとも感じた。

意識と時間がなにがなんだか分からぬ状態でごっちゃになったこの語り口。たとえば、山の神の小さな社についでみたいに一緒にまつられている男根状の石の挿話。それを掘り出したお百姓さんの息子が、それを掘り出した自分の父に扮してまずは物語る。次にその息子は、今度はその当時(20年前)の自分に戻って、父親が埋め戻した石を掘り出し、家に持ち帰る。そして縁の下にその石を隠したところまでを再現すると、ふとそこで現在の自分に戻って、「……というわけでここに20年置いておいた」と語る。歳月の瞬間的な移行、日常生活ではよくやっていることだけど、あらためて映画で見ると驚かされる。

200年以上前の一揆を、現代の村人たちが当時の百姓の思いを代弁しながら再現する。衣装は現代の彼らが日常的に着ているであろう服。対する権力者側は田村高広らプロの役者が、きちんとした時代劇の衣装を身につけて演じる。演じることの中に階級関係が見える。小川プロが上山で築いてきた13年間の人間関係がにじんで見える。そうなるともう、再現している/されているドラマを単に再現ドラマなどと言うことはできないし、しかしいやむしろ、こういうものこそが本物の再現=ドラマなのだろうし、もう一歩踏み込んで言えば、これは、金をかけずにできるアンゲロプロスだと思うし、ただしそのかわり、とてつもない信頼と時間とを費やす必要があるけれども。

小川プロは人間にかまうのと同じ視線で土を見るし、稲を見る。土と接し続けた体験を神格化せず、あの手この手で強引に視覚化する娯楽=科学映画の作り手としての小川紳介。重ねられる透明のパネル、地下水に触れるとぴかっと点灯する豆電球、田んぼの断面を図示する立体図。高校生の科学部の発表のような地味な高揚感がある。そしてここから個人的な話に移ると、おこされた田んぼに水が流れ込んで満ちていく光景に、なんともいえない安心感を覚えてしまった。それはわたしが物心ついてから東京に出てくるまでのあいだ、それこそ自分のよく知っているものとして見つめ続けた景色だったから。雨の日、傘を差したまま自転車に乗っていてそこに転落したこともある場所としての水田。わたしは水田を知っている。田んぼの脇の水路でザリガニをとった。水の引いた田んぼでイナゴをとった。小学校の校庭から、フェンスを乗り越えて刈り入れの済んだ下の田んぼに飛び降りた。そうした場所としての水田。田村正毅のカメラは、地面すれすれを稲の根をかき分けるように進んでいく。泥。マングローヴの林をカヌーで通り抜けた思い出。

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渋谷新南口の光塾で、中山洋孝「省エネ生活党宣言」、中島信太郎「ジャックの友人」、渡邉寿岳「かつて明日が」の3本立て上映を見る。たとえば1960年代のスウィンギン・ロンドンで、のちに世界的スターになる誰と誰が家が近所だったとか、たまたま同じライヴを見ていたとかいった逸話があったりして、なんたる偶然、と思ったりするわけだけど、あるひとによれば、意外と90年代の下北沢でよくスリッツに誰それがいたよというのと同じようなもんなんじゃないかとの仮説が提示され、考えてみればそうしたことですらもう若干伝説の域に入りつつあることを考慮するならば、2012年3月のこの上映会のチラシが、10年か20年経ったときにヤフオクで高価取引される可能性も皆無とは言えないだろうし、あるいはそうでもないかもしれない。

わたしには「かつて明日が」がいちばんよかった。ガード下、通過する電車の投げかける光の図形。真っ暗な画面の中の小さな白い点。それは真っ暗な家の中に設置されたカメラによって撮られたドアの覗き穴からの光で、帰ってきた男がドアを開け、また閉め、換気扇を回すと、そこからも回っている換気扇の形の光が入ってくる。なんてことのないドアの隙間(蝶番側?)がしばらく映される。そこからなにか出てきそうで怖い。カンヴァス?に定規を使って、なにか線が引かれているそのノイズがやたらと騒々しく響く。カンヴァスの真下にマイクを仕掛けているみたいに。ヴィデオ・テープの巻き戻される音も、いままで聴いたことのない音のようにうるさく聞こえる。朝、窓が開けられると、画面の半分が建物、あと半分が紫の空。

「かつて明日が」に出てくるのは、こうしたものだけではないけれども、おもにこうしたものであって、人間は、会話やアクションで映画を進行させる道具という意味では、ほとんど出てこない。それでも人間のにおいや残り香が、濃厚に伝わってくる。スカパラのクリーンヘッド・ギムラが、自らの仕事を「におい」とクレジットしていたのを思い出した。現物を知らないひとにはなんのこっちゃいだろうけど、一度見ればなるほどとうなずかざるをえないところも共通しているだろう。

もちろん映画はいままでもさんざん景色を映してきたし、それに対してわたしたちはいいとか悪いとか言ったりする。しかしそれらはほとんどすべて、人間が景色をどう見るかの話であって(それがいいとか悪いとかではない)、猫や犬や宇宙人が景色と人間をどう見るかについてはろくすっぽ考えられてこなかったのではないか。わたしは田坂具隆「土と兵隊」を見て、伊佐山三郎のカメラを、まるで宇宙人が戦争を見る視線だと言った。それ以来ひさしぶりに、わたしは映画を撮る宇宙人を見た。それは超人的なカメラというのではない。キートンのアクションを超人的と形容するとき、そこには普通の人間の身体的な基準が念頭にあるけれどもこれはそもそもそうしたところからは出発していない。

かつて、絵画だと静物画や風景画があるのに小説だとどうして必ず人間が出てきてしゃべらなくてはいけないのか、と問題提起していた保坂和志はこの映画を見ただろうか。窓を開けると、外のノイズが入ってくる。それは日常によくある瞬間だけれども、昔見た平山秀幸「OUT」では、たしか死体の処理が終わって窓を開けたとき、そんな当たり前のことすらしていなかったじゃないか。そのことを自分は10年間ずっと忘れながら不満に思っていたんだった。

ラスト近く、雪の日、少しだけ人間の雰囲気が濃くなる。「かつて明日が」は、あまりにも人間中心主義的である映画というものに対して、叛旗を掲げてもいないし異論を唱えてもいないだろうが、もしかしたら小首をかしげているかもしれない。その角度はとてもわずかで、それでいて強靭だ。わたしが気付くくらいだから、誰が見たって気付くだろう。いったいいつになるか見当もつかない次回の上映を逃さぬよう、警告しておく。
映画
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地底人
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
たしかファースト・ショットはスクリーン全体が均一な乳白青色で、それがなにか実際に存在するもの(青空とか)を撮った映像なのか、あるいはCGなどによってつけられた色なのか、見極めようと目を凝らしているうちにすぐ、画面は雪の森景色に変わってしまい、そこをゆっくりとカメラが前進していく、これがマイケル・マドセン監督「100,000年後の安全」の始まり方。

ただし原題は「Into Eternity: A Film for the Future」であってどこにも安全という文字はないし、タイトルの示すとおり、監督が語りかけるのは徹頭徹尾100,000年後の人類に対してであって、いまを生きるわたしたちに、ではない。監督本人をはじめ、登場してそれぞれの意見を述べる有識者、学者、貯蔵施設の担当者たちは、自分たちの母語であると思われるフィンランド語やスウェーデン語ではなく、ほぼ全員が英語でしゃべっている。ある者は流暢だが、またある者は流暢ではない。しかしおそらく100,000年後の人類は、みんな英語くらいはしゃべれるようになっているだろう。彼らは100,000年後の人類について話し合う。

ある者は言う:100,000年後の人類がもし地下深くに埋められたものを掘り出せるとしたら、ある程度の文明を持っているだろうから、埋められているものが何なのか、当然理解しているはずだろう。またある者は反論する:もし埋められているものの正体を知るほどの知識はないが掘削技術だけが異常に発達していたらどうする? そしてある者は言う:言葉に頼らなくても、ここが近づいてはいけない場所だとわからせるために、標識を設置したり、ムンクの「叫び」やとがった針山の絵を設置すべきだ。またある者は反論する:偶然にここが掘り当てられる可能性はきわめて低いから、埋め戻して、忘れ去られるにまかせるのがよい。できれば家が建てられ、人が住んでいることがのぞましい。監督は言う:これを忘れ去ることを忘れないように語り継がなくてはいけない。

わたしは想像する:あまり頭はよくないが掘削技術だけはモグラ顔負けの100,000年後の人類(いしいひさいちの描く地底人に似ているかもしれない)が、好奇心に負けてはるか地下深くまで掘り進めて、わたしたちが埋めたものを掘り当ててしまうところを。

ほとんど英語、そしてごくわずかのドイツ語と(たぶん)フィンランド語で語られている内容(すべて21世紀の現行の人類による発言で、100,000年後の人類の生活と意見はまったく採り上げられていない)は、日本語に翻訳されて字幕として画面に示される。映画の中で使われている曲で、発電所という名前のドイツのグループが、英語で「It's in the air for you and me」とうたうとき、日本語字幕はこれを、「あなたとわたしの前に横たわる大きな問題」(記憶なので正確な表現ではない)と訳してしまう。ニュートラルな表現を情緒というフィルターに通したとき、ヒューモアは失われる。そしておそらく、真実も。

ここで寄り道すると、わたしがこれを見た日の併映作「アンダー・コントロール」では、施設が不測の事態にどのように備えているかが説明されていた。ドイツのその施設には、同じ部品が必ずみっつだかよっつだか常備されている。さらに、ハイジャックにあった飛行機が突っ込んできたがっているときに備えて設置されているあるボタンを押すと、黒煙が放出される。そして15分かそこらで、町全体が高さ300メートルの黒雲に覆われ、上空からの施設の目視はできなくる。あまりにも用意周到で笑ってしまうのだけど、これを荒唐無稽だと思うのであれば、安全がどうこうなどと口にすべきではないのかもしれない。寄り道終わり。

「100,000年後の安全」で紹介される有識者、学者、貯蔵施設の担当者たちは、それぞれ別々の時間、別々の場所で証言し、意見を述べ、質問に答えているけれど、それらのことばは、編集によって、ひとつの巨大な円卓の上に載った議題を囲んで飛び交っているように見える。ただしそれは作り手が自分をかっこよく見せたいという作為(そういったものがないとは言わない)よりは、観客をもその円卓の角に着席させようとするための試みなのだろうとわたしは(好意的に)思った。

またここで寄り道すると、とくに「100,000年後の安全」とは関係なく(という言い方が無責任に響くのであれば、「独立して」と言い換えよう)作られたはずの映画「なみのおと」でも、特異な編集(というか構図と切り返し)が、観客に自分の居場所を意識させずにはおかなかった。「親密さ(short version)」に続く濱口竜介の新作、としてみた場合、この切り返しはごくごく納得がいくものだけど、たしか公的な記録としての性格を持つはずの映像にこのスタイルを採用したことはなんと言えばいいのか……冒険? 大胆? 作家主義的? やり過ぎ? しかしわたしたちはいままであまりにも不用意に、ひとがなにかを話す映像を撮ったり見たりしてきたのかもしれなくて、そのかわりに本来、わたしたちは、堂々たる押し出しの議員氏の前でけしつぶみたいになった酒井耕のようにして話を聞くべきかもしれなくて、だから、表面的なスタイルとしてとくに似てはいない「100,000年後の安全」と「なみのおと」は、どちらも、話を聞くときに持つべき想像力と、とるべき態度についての映画だとも言えるかもしれない。寄り道終わり。

「100,000年後の安全」のラストは、穴を掘り進めるための発破の終わった後だろうか、部厚いカーテン状の仕切りの向こうへと、作業員が消えていくスローモーション。塵が充満した乳白青色の空間は、ファースト・ショットと同じかもしれないし違うかもしれない。なにはともあれわたしたちの現実はここに至ってようやくタルコフスキーに追いつきつつある。
映画
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1956年のミス・マンボ
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
前回の記事を書くにあたって、YouTubeでロジャー・ニコルスをいくつか聴いた。ご存知の方も多いでしょうが、YouTubeで動画を見ていると、はしっこのほうに、こんなのもありますよ、いかがですか、という感じで、さらに膨大な量の動画が紹介されるけれど、そんな中から見つけたうた。

○YouTube - "The Drifter" - Rita Calypso (2004)

ロジャー・ニコルスとポール・ウィリアムズによる名曲、うたっているのはリタ・カリプソ。声なのかディクションなのか、印象がふと、土岐麻子と重なる瞬間がある。あまり美人ではないティーネイジャーが、お気に入りのモデルの写真を見ながら、顔をいろいろと傾けて、うん、この角度だと少しだけ似ている、と納得して、そしてすぐ落ち込むような、その程度の似方。

リタ・カリプソ。誰もこれを本名だとは思わない。いかにも芸名です、といった風情がいい。そういうひとたちが、昭和の時代にはたくさんいた。横山ノック。エルヴィス・コステロ。美空ひばり。

リタ・カリプソはCDを1枚持っているだけだけど、ミス・マンボにならお酌をしてもらったことがある。とはいっても、昭和ではなくて平成になってからの話。ふたつ前の会社の先輩のご母堂が、昭和31年度のミス・マンボだった。それを知ったのは、たまたま職場の飲み会の帰り、同じ方向に向かう電車の中でのこと。酔っていたのだろう先輩の、「じゃあ、これから見に来る?」との誘いをほぼ自動的に承諾し、小1時間後には元ミス・マンボと対面していた。

結婚して子供を産み、そしていまではミセスとなった元ミス・マンボは、失礼ながら、年齢相応のひとりのご婦人にしか見えなかった。先輩の「○○くん(わたしの本名)は音楽好きなんだよ、なんかなかったっけ? 昔の写真とか」とのリクエストに答えて、写真やら、マラカスやらを引っ張り出してきてくれた。調子に乗って「マンボ・ズボンをお持ちではありませんか? わたしはあれの実物を見たいと長いこと願い続けてきたのです」と訊いてみたが、昔は持ってたけど、との返事だった。

写真は、新聞の切り抜きなどと一緒に、底の浅い、平ぺったい箱にしまわれていた。モノクロのものばかりの中、小さな、定期券くらいの大きさのカラー写真が1枚。和服を着たミス・マンボが、やや緊張したおももちで、ラテン系のバンド・リーダーに大きな花束を手渡している。男は花束を受け取りながら、彼女を抱き寄せようと左腕を伸ばしている途中のようにも見える。これは誰なのだろうと写真をひっくり返してみると、「マンボの王様 ペレス・プラードさんへの 花束贈呈」と万年筆で書いてあるのが読めた。顔を上げると、還暦を過ぎた元ミス・マンボが、お盆になにかを乗せてこちらに近づいてくるのが見える。
音楽
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籠いっぱいの魚を
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
裏を取るよりも、とりあえずまず書いてみることによって何かが起きるのではないかというとりとめのない確信によって、いま、とりあえずまず書いてみると、その1、「ノルウェイの森」の撮影に入る前に、トラン・アン・ユンかマーク・リー・ピンビンは、ベルトルッチの「ドリーマーズ」を見たんじゃないだろうか、根拠はないけれども。その2、ボリス・バルネットに通っている途中で、早回しが多用されていることに気付き、気付いてからはそこにばかり注意して見てた。喜劇的効果を狙ったり(現代でもなお、サイレント映画の記号としておなじみ)、おそるべきスピード感をかもし出したり、テンポをひきしめたり、使われ方はさまざまだけど、おおざっぱに言って、どれも、リアリズムの時間の流れの引力圏からの遊離のように見える。ツノダリョーさんが指摘していたとおり、(俳優の口の)動きとサウンドとを一致させる必要がなかった時代のタイム感が、トーキー以降も生き残り続けている。最終日に「帽子箱を持った少女」を見ていて不意に連想したのは、ビートルズ時代のジョン・レノンと、ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オヴ・フレンズのことで、彼らがテープを早回しして、ちょっとだけ別人の声になってみせるのを、ボリス・バルネットのようだ、と呼んでみたい誘惑に駆られるし、それに対して、どう関係があるのか、証明しろ、と詰め寄ってくる輩に対しては、いちゃもんをつけてきたのはあんたなんだから、関係がないことをあなたが証明するのが筋だろう、と言い返したい。

○YouTube - "The Drifter" - Roger Nichols & The Small Circle Of Friends (1969)

と書きかけにしたまま1週間も放置していると、一連のバルネットの上映は終わっていて、ひとつ上の階ではマキノ雅弘の特集が始まっているのでそこに足を運んでみると、それにしても、数年前に突如出現したあのビルにいま当たり前のように通っているけれど、早ければ2、3年で、遅くとも50年程度で、あの建物の外観and/or内実はいまとは違ったものになることは間違いなく、いま以上それ以上よくなることはありえないから、違ったものになるとはつまり悪いものになるということなんだろう、などとふだん考えもしないことを考えていると、そういうときに限って、よりによって、次郎長三国志の中でわたしがいちばん好きな第五部「殴込み甲州路」がプリント劣化でDVD上映になる。法印の大五郎なら、「DVD上映になりくさる、アホクサ」と言うかもしれない。わたしは運よくすでに何度かこれを見ているから、前半の次郎長夫妻の映画史上に残るかもしれないノロケも、後半、敵の投げつけてくる目くらましの白い粉によって木漏れ日がはっきりと可視化されるのも、戦いのあと、敵の一群がたいまつ?を持って森の中を走り回る夢のようなショットも、戸板に乗せられて清水に帰っていく瀕死の豚松も、記憶の中で補正することができたし、この寝ぼけたような薄暗い画面で初めてこの作品に出会わなくてよかった、と心底ほっともした。ついでに初めてこれを見るひとの心配をしてもよかったけど、わたしが見た回はそもそもお客さん10人かそこらしかいなかったようでもあった。

それよりも今回ニュープリントされた第四部「勢揃い清水港」、プリントの、というか、それによって上映された画質について言うと、わたしは正直とくに感激はしなかった、とはいえ、いままで欠落していた部分が補われてひとつ納得がいったことがあった。というのは、この作品のラストで次郎長一家がケンカをするとき、それまで、子分にしてくれと何度も籠いっぱいの魚類を持参して頼んではそのたびごとに断られていた豚松が、ここでいつのまにか次郎長一家と一緒になって大暴れしていることで、わたしはその省略を好ましく思っていたし、次郎長一家らしいとも、またマキノ一家らしいとも感じていたのだけど、なんのことはない、ニュープリントで見てみると、殴り込まれるに先立って、豚松が延々と走って次郎長一家に危険を告げに来るところがちゃんと描かれていたのだった。そしてここからが本題で、本作の途中、次郎長一家の催した相撲の興行で、関取に豚松が勝負を挑む場面、ここでもほんの少しの早回しがなされていたように見えた。

もしわたしが映画を撮るとしたら、という実現しない夢想。そこにはふんだんにアイリス・イン/アウトやワイプが織り込まれ、なにか事件が起きれば高速で稼動する輪転機の上にぐるぐると回転する見出しがオーヴァーラップされ、俳優たちはその場で足踏みしたままスクリーン・プロセスの背景の中を歩くはずだ。今日からはそこに、アクション・シーンをぴりりと引き締めるべく、気付かれるか気付かれないか程度の早回しも、盛り込まれることになるだろう。
映画
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【bem】2011に参加
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
ツイッターでおなじみの、映画をたくさん見ているさかいしょうじさん(→☆)が発起人となった、映画ベストテン投稿サイト【bem】の、2011年のベスト映画投票企画(→☆)に参加しました。

初回から総計130人もが参加し、とにかく圧巻! たいへんだとは思いますがとても貴重な試みなので、末永く続けてほしいです。ざっと見たところ、自分みたいなひとはいなかったみたい。ちなみにわたしの回答はこちら(→☆)。
告知
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日本映画における時間とパフォーマンス
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
フィルムセンターで、中川信夫「番場の忠太郎」を見る。前にも見ているけれど、原作はもちろん長谷川伸の「瞼の母」だから、米の飯が常にうまいように、フォスターの曲がいつどこで聴いてもだいたいなつかしいように、良い。帰る場所などないわたしたちにも、郷愁の情は残り続ける。ところでこの映画、加藤泰×中村錦之助の最強タッグによるあまりにも強靭な「瞼の母」と比べられざるをえない不幸をどうしても一身に背負っていると思うのだけど、あれの存在を忘れさえすれば(もしそんなことができればの話)、これはこれで相当いい、というか、うまくいっているときの中川信夫の映画には、ほかとは決して取り替えのきかない成分がある一定量必ず含まれていて、たとえば「番場の忠太郎」の場合は、冒頭、小さな沼だか水たまりだかのある林の中での斬り合いを、林の中をゆっくりと横移動しながら見ている。移動しているのはもちろん言うまでもなくカメラが、なのだけど、その長回しは、客に緊張感を強いるのでも監督が技量をひけらかすのでもなく、自分がそこにいたらきっとその場をそういうふうに見るであろう長回しで、それに続く、三井弘次の実家における、家の裏の、こちらからは陰になっていて見えない部分で追っ手たちが殺されて、しばしの間ののち、見える場所にまた人物たちが戻ってくるまでのワン・カットにしても同じことで、実際にその場に身を置いたなら、そうして植え込みの脇にでも息を殺して身をひそめているに違いなく、ここで気になるのは、この実家のシーンの撮られ方は加藤泰版にもわりとそのまんま引き継がれているように思うけどそれは中川の発明なのか、それともそれ以前にもすでにおこなわれていたのかということで、とりあえず「瞼の母」の映画版としてはいちばん最初のものであるらしい稲垣浩のやつが去年だったか、江戸川あたりで上映されていたのを見ておきたかったなあといまさらながらほぞを噛む。

新文芸坐で、大島渚の「御法度」を見る。地上波の放送をヴィデオ・テープに3倍で録画したものを見ただけで、そのせいかあるいはそのせいではないのか、ものすごく剣術が下手な隊員を演じているのはトミーズ雅だとばかり記憶違いしていた。「天草四郎時貞」にはいわゆる時代劇らしさはあまり感じられなかったけれども(それでもわりと好きな映画なのだけれども)、「御法度」の字幕の使い方には、京都が彼の母なる場所であることをいまさらながら思い出させられた。それにしてもここでもやはり、はじまってすぐの入隊試験など、一見なんの不自然さもなく、その場にいるようだという意味での文字通りの臨場感とともに見続けてしまうワンカットワンカットの長さは、現代のアメリカ映画のアクションを仮に基準として考えるならば、まったく異様というかまるで別の国の映画のようだとでも言うほかなく、ただし繰り返すように、そこにはなんの不自然さもないのだから、そうなると現代のアメリカ映画をアクションを基準にするほうがどうかしているのかもしれないと思いそうになるのだけど、わたしはむしろ逆で、剣術よりも目、というのはつまり、崔洋一の眼球が常に激しく左右に動いていることに活劇を感じた。ところでたしかリリー・フランキーが、この映画について、こんなものを撮ってしまったら、次はマグロ漁船の話でも撮るよりほかないんじゃなかろうかみたいなことを言っていて(うろ覚え)、あらためて鋭い指摘だと膝を打つ。

新文芸坐の椅子にそのまま座り続けて、相米慎二「風花」を見る。ちょうど、大島、相米のどちらとも違和感なく名前を並べることができる数少ない映画監督のひとりがオートバイ事故で亡くなった話を聞いたばかりだったので、中盤、温泉宿での余興の座頭市芝居の場面(当然、長回し)では、自然と彼のことを思い出すことになった。ゴダールをすぐれた音響の作家だとするならば、亡くなった彼は、うたの力をとてもよく知っているひとだった。だからこそ彼の映画はしばしば子守唄みたいだったのかもしれない。すぐに思いだすのは、代表作での延々と続くパーティ場面における、「イン・ザ・ムード」のロッンクロール風の替え歌のこと。日本で最後に公開された作品でのうたの使われ方にもしびれた記憶があるけれど、もうよく覚えていないので追悼特集で見直したい。わたしが彼のために何かできるとすれば、「バナナ・ボート」の替え歌で♪テ〜オ、テェェ〜オ♪とうたうくらいだけど、それはあまりにも不謹慎なので、口をふさぐ、耳を澄ます、Meu coração(目を凝らす)。
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