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「映画のポケット」Vol.65「神戸瓢介を探せ! 〜あなたは「スクリーン上の恋人」と如何にして出会うか?〜」
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

☆Vol.65「神戸瓢介を探せ! 〜あなたは「スクリーン上の恋人」と如何にして出会うか?〜」

おはなし:浜野 蟹
進行:鈴木並木

2016年09月18日(日)19時〜21時(延長はなるべくナシの予定)
@阿佐ヶ谷・よるのひるね [HP]
参加費500円+要1オーダー
参加自由/申し込み不要/途中入場・退出自由

☆入場時、鈴木に参加費500円をお支払いください。そのうえでお店の方にフードやドリンクのご注文をお願いします。

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☆浜野 蟹(はまの・かに) [twitter]
1965年、神奈川県出身。会社員。好きな映画会社は、日活と大映。戦後日活の脇役俳優マニア。日活ロマンポルノファン。好きな映画は『誘惑』(1957年/監督:中平康)と、日活版『事件記者』シリーズ全10作(1959年・1960年・1962年/監督:山崎徳次郎)です。(ちなみに今回の主役である神戸瓢介さんはそのどちらにも出演していません。)

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「君は神戸瓢介を知っているか?」と問われても皆さんも困るでしょうが、そこを敢えて問うてみたいのが、ファン心理のやっかいなところです。
大阪出身。落語家を経て俳優の道へ。50年代後半に日活と本数契約し、60年代半ばには主に東映京都の仕事を。1966年の映画出演を最後に、70年代にかけてはテレビドラマを主軸に活躍。
(ドラマ『銭形平次』の準レギュラーである大工の為吉役や、アニメ『ロボタン』(※旧版)のロボタン役の声優としてお馴染みだという方も多いかと。)

そんな神戸瓢介さんの足跡を、生誕85年目にして没後40年目という節目の年の、お誕生日当日(9月18日)に辿ってみたいと思います。
映画俳優時代の話が中心となりますが、ささやかな会ながらも、この才能豊かな俳優さんの魅力の一端が少しでも伝わりますことを。

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私自身は神戸さんのファン歴が4年ですが、インタビューなどがあまり残らないこともあり、知り得るのは(当たり前ですが)スクリーンでの姿のみです。
多くの映画ファンの胸中にそれぞれの「銀幕彼氏」や「銀幕彼女」が居たとして、スクリーン上に突如現れ、あなたの人生をふと照らしてくれるあの人たちとは、思えば一体なんなのでしょうか?

『ギターを持った渡り鳥』では金子信雄にマッサージをして、『打倒〈ノック・ダウン〉』では赤木圭一郎に組み伏せられて、『豚と軍艦』では吉村実子を売り飛ばして、『大当り百発百中』では小沢昭一を街中追っかけ回す。
そうかと思えば『集団奉行所破り』では盗賊一味の天気読みとなり、『十兵衛暗殺剣』では大友柳太朗の参謀ともなり、『893愚連隊』では遠藤辰雄の債権を取り立てていた、「あの人」とはいったい誰だったのか?
それをスクリーンの中に、時にスクリーンの外側に、折々に探してきた4年間だった気がします。

またもやの持ち込み企画で恐縮ですが、どなたさまもふらりとお立ち寄りいただければ幸いです。

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神戸瓢介 / Movie Walker →☆

(文/浜野 蟹)

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Vol.21「ロマポケ!〜ロマンポルノのある暮らし〜」(2009年06月)、Vol.48「日活野郎(と女たち) 〜戦後日活大部屋俳優傳〜」(2013年06月)に続く、通算3回目の浜野さんのご登場となります。Vol.48のレジュメの衝撃はいまもなお記憶にまばゆいですよね。今回はそのときよりもさらに地味度アップな感じもいたしますが、現時点で言えることは、この回はおそらく、みなさまが予想されているよりも、ほぼ確実に、すごいです。

いらしてくださった方は、神戸瓢介について一夜にして突如詳しくなれること間違いなしであり、そして、浜野さんという稀有な存在についても認識を新たにされるであろう、とも予言しておきます。

(文/鈴木並木)

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☆本篇終了後、おそらく引き続き同じ場所で、2次会があります。ご都合のつく方はこちらもあわせてご参加、ご歓談ください。費用は実費。

映画
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やつらか俺たちか
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

They can never cross that line when I get to the border.

Richard & Linda Thompson "When I Get To The Border" (→☆


なんだかんだいってもみなさん意外と忙しいんでしょう? だから黒川幸則「ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ」がどんな映画なのか、ひとことで説明すると、ジャック・リヴェットが撮った「ゴーストバスターズ」みたいな映画ですよ。出てくるオバケ?の親玉みたいなのを演じているのは只石博紀だから、もしかしたら化けて出たのは成仏しきれていない「季節の記憶(仮)」なのかもしれない。そういわれてみれば「ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ」にはどこかしらキネアティック感があるし、同時に、あるいは逆に、「季節の記憶(仮)」がケイズ・シネマでレイト・ロードショウされているところを想像もした。いまからでも遅くはないじゃないか。

なにをしているのかよくわからぬ登場人物たちが、一軒家に住まって昼となく夜となくダラダラと呑んでいる。そりゃわたしだって、昼間っからゴロゴロしたり、そこらで会ったひとと突発的に飲みに行ったり、その結果として瞬間的に村村、じゃなかった、ムラムラしたり、長靴履いて水の中にザブザブ入っていったり、したいに決まってる。でもどうも実生活の中で出会う、そういうことをしてそうなひとたちは、ほぼ漏れなくヒッピーくさかったり、バックパッカーくずれだったり(そういう文脈で発せられる、旅人、なる単語の身の毛のよだつ感じ)、レゲエ臭がしたりして、端的に、生理的に無理なんだ。

でもどうしたわけか、「ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ」からはそんな異臭はただよってこない。あまりにもささやかだけれども、だからまだなんの確信も持てずにいるけれど、もしかしたらここに描かれているのは、日本映画がいまだかつて描いたことのない類の自由のありかたなんじゃないだろうか。たとえばそうだな……わたせせいぞうが描く「次郎長三国志」みたいな。もちろん、あなたがきっとそうであるだろうのと同様に、わたしも、自由に憧れ、と同時に、それを警戒してもいる。この映画のチラシを見て、脚本家や出演者のうちの主要な何人かが、映画専門のひとたちではなくてミュージシァンやダンサーであることにちょっと身構えてしまうひともいるだろう。そりゃそうだよ、っていうか、ダンサーのひとたちにはすみませんだけど、「職業:ダンサー」って、えっ踊るのが仕事、ほんとに?って思うじゃないですか。

まあそんなことはさておくとして、あっあとケイズ・シネマのサイトに載ってる、連日の上映後のトークに出る顔ぶれを見て、あーそういう系ね、とわかった気になるのはもったいないですよ。と、比較的得体の知れない現代日本映画について書こうとするとついついいつもいつも、これこれこういう不安をあなたは持つかもしれないが大丈夫、心配ない、不安はたったいま魔法のように取り除かれました!式の、いわばカウンセリング=批評っぽい書き方を保険のように採用することになってしまう。でもほら、ヴォワラ、あなたの不安はたったいま、魔法のように取り除かれたから、もうこれ以上ないほど自由なはず。「ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ」、見に行って大丈夫。こわくない。

2年前の夏に撮られたらしいこの映画、三多摩の夏の緑の深さ、濃さがとにかくすばらしい。これはわたしだけだろうけど、最近もう人間の芝居に半分絶望していて、とくに毎日こう光が強く射す中だと、立っている木でも見てたほうがはるかに豊かな気持ちになれるしたくさんの情報も得られる、なんてそんな功利主義な考えになってしまうんだけど、いや違うな、映画が人間のことにばかりかかずらわいすぎているのがイヤだってだけのこと。撮ろうと思えば、人間が緑の中にごく当たり前に呑み込まれ、うずもれているところだって撮れる。だからほら、ヴォワラ、たとえばこの映画の、離れた男と女がスケボーを蹴ってパスし合う引きのショットの、ふたりのあいだの奥で大胆にぐらんぐらん揺れる木々を見てごらん。あるいは、長靴を履いた男女数人が沼なのか川なのかわからぬ水の中に入っていくところ。拡散した人物の配置と背景の雲、まったく惚れ惚れする構図なんだけど、その人間たちがたどり着く向こう岸の草深い場所、その背後のこんもりとした林が、一瞬ほとんど真っ黒な、海苔をべたっと貼り付けたみたいな色なのには、実際ぎょっとするじゃないか。撮影は渡邉寿岳。

と、ここまで読んでもたぶんどんな映画かよくわからないと思うんだけど、わたしが見て理解したかぎりだと、トゥアー中に仲間の車から路上になんとなく振り落とされたひとりのバンドマンが、鈴木卓爾がなんとなく大家みたいに振る舞っている一軒家に居着くことになり、そこにいる者たちはなんとなくの業務として、この緑深い町?村?で、異世界?あの世?からこちらにちょっかいを出してきているとある勢力と、それとなく対峙したり、それを警戒したりそれを退治したり、しているらしい。って、これであってる?

自分で書いたこのアウトラインを眺めると、なんじゃこりゃ、あらすじを聞いたらこれって自分が鼻で笑って打ち捨てる類の「ファンタジー」映画じゃん、って思うし、あっなるほど、お盆に見るのにぴったりの映画、とも思う。大人になったら大人ならではの夏休みの過ごし方ってぇのがあって、うっかり危うい境界線を越えてしまってもかまわないんだったら、それはそれで案外悪くない。どこかからどこかに行くのを図示するためというよりは、ただそういう場所を歩いているのをわたしたちに見せたいがために、登場人物たちは森と宅地の接しているあたりを歩き、坂を上る。

夏の水辺で事故が起こりやすいのは新聞やテレヴィの報道からもあきらかで、この映画でも、男も女もなんらかの形で水の事故を経験しているようだ。以前川に落ちただが落ちかかっただかした女は、一緒に川に落ちただか落ちかかっただかした友達に電話をかける。こっちがこっちで電話の先があっちなのか、あるいはその逆で、あっちがこっちでわたしたちに見えているこっちが実は向こうから見たらあっちなのか。バンドマンが、彼をおいてトゥアーを続行しているらしいマネージャーと電話で話すときには、わざわざ苦労して川の向こう岸まで渡っている。ということは、いまいるこちら側は?? 夏でもパーカーを着ていたような気がする只石博紀がラップをしながら姿を消すのはやはり川原の草の中へだ。ただし逃げおおせることができず、「シン・ゴジラ」もびっくりの形態的変化をとげて捕獲され、それでも悪態をつき続ける様子は、単純に、楽しい。

決定的な越境は、電車に乗って男と女が長宗我部陽子に会いに行く途中に起こった気がしていて、車窓には凶暴な色味の景色が広がり、どうも日本ではないところも通ったように見えたんだけど、でもたどり着いたのは普通の家。いやでも、その晩おなじ敷地に泊まった気がする男と女は、しかし窓越しに、数十〜数百立方メートルの空気によってへだてられた状態でしか会話することができない。

書いてたらなんかさびしくなってきた。やっぱ、みんな死んでんのかな。でも自分には、ここにいるひとたちの顔も姿かたちも動作もセリフのやり取りも、みんな、これ以上ない生の肯定に見えたんだよね。ってことはあれか! 死んでるのはこっちの俺たちじゃなくて、あっち側にいる、やつらのほうなんじゃないのか?

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「ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ」は08月19日(金)まで、ケイズ・シネマでレイト公開中。本作で撮影を務めた渡邉寿岳の監督作品「かつて明日が」が上映されるわたし主催のイヴェント「初台並木座 Vol.1」(→☆)は08月16日(火)開催です。ただいま予約受付中。残席僅少です。

映画
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言わずもがな
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
ペットボトル飲料を買うことすら自らに禁じて空のボトルに水道水を入れて毎日会社に持っていくような倹約生活を送っているわたしですが、よりによってこのたび、貴重な私財をなげうって雑誌「トラベシア」を創刊しました。オフィシャルなご案内はこちら(→☆)。

事情というか理由はいろいろと複合的なんですが、ひとことで言うと、もうガマンの限界なんです。わたしは、義憤に駆られてなにかを始めるとたいていはロクな結果を招かない、と考えている人間でして、そういう人間がことを起こすのはよくよくの事態なのだと思っていただいてけっこうです。

たとえば、ツイッターで「○○(←媒体名)で△△について書きました!」などという投稿を見かけ、なにしろワン・クリックなもんですから、どれどれと気軽な気持ちで読みに行って、センスもグルーヴのかけらもない文章にげんなりしてすぐ読むのをやめてしまう、なんてことがあまりにも続きすぎた。

あるいは、大学でマジメに勉強だけしたようなひとの書いたもの。いいよ、たかだか数百字の文章で「本稿は○○について論じようとするが、その前提として云々かんぬん」だとかの型にはまった前置きは。そういうのはどこかよそでやってくれ。

つまらない文章の書き手に限ってしばしば筆欲が旺盛で、気がつくとしょっちゅう「○○で△△について書きました!」「○○で△△について書きました!」「○○で△△について書きました!」となどとつぶやいていなさる。わたしもいい加減もの覚えが悪いもんで、そのたびごとにうっかりクリックしてしまって、いちいち毎度律儀にムカッ腹を立ててしまうわけです。

そうこうしているうちに。俺だったら絶対にこんな奴らに機会など与えなどしない。さっさと田舎へ帰れ。いまはなにもしていないかもしれない俺の身の周りの連中や、俺が目をつけさせていただいているみなさまのほうが明らかに面白いはずだ。という気持ちがふつふつと湧き上がってくるのも理の当然。

わたしがこれぞ、と思うひとたちの書いたものを集めて形にしたら、つまらない連中を軽々と駆逐できるだろう。そしてあわよくば、音頭をとっただけの自分も、実質的にはなにもしていなくても、♪意っ外と簡単に〜、評価を得られるのではないか。だとしたらすばらしい。それに世の中のためでもある。よし、やろう。

ところでもうわたしはいい歳であり、こうしたものは5年10年前に出しておくべきだったという気持ちも、ないではないです。しかし、10年前にはこれだけの金を優雅な手つきで使う精神的余裕はなかったし、5年前でも、今回参加してもらったひとの約半数にはまだ出会っていなかった。だからいまでよかったんでしょう。

いい歳といえば、いいかげんもう中年なので、杉並区の区民センターのリソグラフで印刷したものを1枚1枚折って重ねて巨大なホチキスで製本するのは、さすがにしんどい。印刷所に出そう。となると金がかかる。金を出すからには、自分が納得するようなやりかたをしたい。

どーせそこらのリトル・プレスなんて、友達だとか多少知名度のあるひとにコネで原稿を頼んで、タダで原稿を集めてるんでしょ、みたいな偏見がある。それはダサいから、原稿料出そう。プロ/アマ問わず全員に、基本的には均一で。民主主義やっちゃおう。

さらに、どーせそこらのリトル・プレスなんて、印刷代その他の諸費用総計(打ち上げの費用も含む)を部数で割って、売価を決めてんでしょ、みたいな偏見がある。それはダサすぎる。40ページで800円とか誰が買うんだよ。しかもそのうち10ページはなにが写ってるのかよくわからない写真が載ってるページで。いや、誰かは買うかもしれないが、自分ならぜったい買わない。売価は500円にしよう。本当は100円か200円くらいにしたいところだけど、それだといくらなんでも赤字が多くなりすぎる。ケチな自分が500円でいいやと決めたんだから、普通の経済観念を持ったひとであればみんな喜んで買ってくれるに違いない。

ちなみに創刊号は250部印刷して、印刷代と各種ギャラの合計で20万円強かかっている。内訳を開示してもいいんだけど、それだと各人の原稿料が推定されてしまうのでここまでにしておきますが。

必然的に、全部売り切ったとしても10万円くらい赤字になってしまう。つくりながら、何人かには「インディペンデントできちんと原稿料出すのはすごいですね!」と言われ、えへんと思いつつも、とはいえ別にひとりに何万円も払ってるわけではなく、自分としても文化的で最低限度の金額を払っているだけなんですが、それにしても思ったより金がかかってしまった。気持ちだけは(没落)貴族のつもりで、と念仏のように唱えながら作業していたものの、こんなことを続けていたら本当に没落してしまう。

次号以降はギャラ以外のところを節約しないといけない。とりあえず打ち合わせの行き帰りにタクシーを使ったり、ほいほいシャトー・オー・ブリオンを開けたりするのはやめにしよう。せいぜい、ダイキリを飲みながら、サルサで踊るのが正しい。

それにしてもリトル・プレスのみなさん、あなたたちっておおむね原稿料払ってないんですよね? 払ってたら続けられないもん。じゃなければ、実家が金持ちか。もしきちんと払ってたり、払わなくても問題ない人間関係をきちんとお築きなされてたらすみません。

こうしたあれこれをいちいち言うのもどうかと思うんですが、最初に書いたように、いろいろガマンしているのがバカバカしくなったんです。考えてみたら別にどこかになにかしがらみがあるわけでもなし、もう余生だから好き勝手やることにしました。とにかく、個々のお名前は挙げませんが、プロ/アマ問わず、わたしをいまも苛立たせ続けてくれているダサいひとたちや、自分ではそうと気付かずつまらない文章を得意気に書いてなさる諸氏、あなたがたには心からお礼を申し上げたい。みなさんのおかげでわたしはこれをつくることができました。

そんなわけで、一見そうは見えなかったとしても、というかそう見えないようにつくりましたが、「トラベシア」は怒りと渇きと名誉欲とルサンチマンの産物です。しかしもちろん、ネガティヴな感情だけが生きる原動力だなんてそんなつまらない人生はまっぴらごめんだ。忿懣によって突き動かされるのと同時に、手元に届いたすばらしい原稿を何度も何度も繰り返し読んでいるうちに、生来の隠しがたい謙虚さが自然と頭をもたげてもきました。要するに、あなたやわたしがそうであるように、ときには笑いときには激怒し、ある程度の複雑さを備えたものになってはいるはずです。

と同時に、申し訳ないですが、わたしがつくったものですから、読んでくださった方の人間性を無意味に試すような箇所も、盛り込んであります。わたしに文責がある部分は、ほとんどすべて「ひっかけ問題」だと思っていただいたほうがいいかもしれません。気付かなかったらそれはそれで差し支えないので、そのままふむふむと読んでください。

これからの展開としては、まず都内のいくつかのインディペンデント系の書店に置いてもらえるよう打診していくつもりです。通販、手売りもやってますし、文フリにも「ビンダー」のところに委託で出すかもしれない。秋には毎年恒例の関西旅行をすると思うので、ついでにそれを納品ツアーにしちゃえとも構想中。その他の地方での取り扱いはいまのところ考えていませんが、自薦・他薦でおもしろそうなお店があったらお願いしてみたい。

そのほかなんでも、「トラベシア」を読んで、執筆者のみなさまやわたしになにか頼んでみたいとか、あるいは単に感想が言いたいとか、花束贈りたいとかあったら、わたし経由でもご本人たちに直接にでもいいので、お気軽に連絡いただけたら嬉しいです。あと、クラウドファンディングとかはしないので、次号に向けてのカンパ(米、現金など)はわたしまでどうぞ。お待ちしております。と、なんか最後は穏当な感じで〆てみます。
雑記
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リトル・プレス「トラベシア」創刊のお知らせ
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

普通に読める日本語の雑誌|トラベシア|Vol.1|顔

2016年08月16日発行|250部
A5判|72ページ
500円

青木深|横顔の影に――ナバホの父の記憶
阿久津隆|夜
草野なつか|偶像崇拝
佐藤柿杵|顔についての私について
鈴木並木|仁義の誕生
田口真希|水晶礼賛/映画のねつ造
樽本周馬|キューカーの百面相
寺岡裕治|数日間映画みてある記、そしてそのときに気になった顔々+追悼。
畑中宇惟|表紙のイラストを描きながら考えていたこと
深堀骨|ミユキと俺とルドルフと
牧野大輔|マコヴェツキーをみれば、ロシア映画がわかる
真付巳鈴|赤い制服の後継
豆田妙子|ラジオ・デイズ
三木直人|クリント・イーストウッド試論――「担ぎ屋」の横顔
安田謙一|「ス、ス、ススーディオ」
若木康輔|君はブスを見たか 〜銀幕の美女、隅っこの醜女〜
渡邉寿岳|陽待ち

イラスト・ロゴ原案|畑中宇惟
デザイン|村松道代
編集・発行|鈴木並木

◇「トラベシア」創刊にあたって|鈴木並木

自分の好みが偏ってるのか、読解能力が低すぎるのか、はたまた加齢にともなう感覚の硬直なのかはわかりませんが、世間一般でよいものとされている文章を読んでも、なんとも思わないことがここ数年増えてきました。

それと比例(反比例?)して、あれっ、これだったら自分の周りの誰それのほうが面白いんじゃないの? と感じる機会も多くなってきています。少しずつ蓄積してきたそうした思いが、コップのフチからあふれてできたのが「トラベシア」です。

目標はごくささやかなものです。普通に読める日本語が読みたい。できればそのひとならではの芸のあるやつを。エヴィデンスよりも思考のブレを。データよりも笑いを。寄り道と過剰さを。わたしたちを取り囲む窮屈さに少しでも抵抗してみたい。

創刊号のテーマは「顔」。直球で勝負してくるひとがいれば、平気でお題を無視するひともいて、フィクションあり評論あり、長いの短いの、著名人から一般人まで、いい具合にヴァラエティに富んだ1冊になりました。カストリ雑誌の歴史にならって、少なくとも年に1号、通算3号までは発行し続けたいと思っています。普通に読める日本語の雑誌「トラベシア」。テン年代後半の、みなさまの甘酸っぱい思い出のおともに。メローな週末のベッドサイドのアクセントに。どうぞお見知りおき、お買い上げのほどを。

◇購入方法

○通販
日本国内でしたら送料無料で郵送します。国外は送料実費で対応します。ご住所、お名前、冊数、ご希望のお支払い方法を、メール(suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp)またはツイッターのDM(@out_to_lunch)でお知らせください。折り返し、手続きについてご案内します。

支払い方法は下記からお選びください。前払いでお願いします。
・三菱東京UFJ銀行口座への振込み
・みずほ銀行口座への振込み
・Amazonギフト券(メールタイプ)←Amazonのアカウントお持ちでしたら、手数料かからず支払いできます。三菱東京UFJ、みずほ以外をご使用の方は、これが便利だと思います。

○実店舗での購入
以下のお店に納品済みです(2016/9/7現在の情報)。在庫の有無は各店舗様にお問い合わせください。
・フヅクエ(初台)
・古書往来座(南池袋)
・忘日舎(西荻窪)
・恵文社一乗寺店(京都)
・1003(神戸)
・音羽館(西荻窪)
・Title(荻窪)
・B & B(下北沢)
・H.A.Bookstore(蔵前)
・PEOPLE BOOKSTORE(つくば)
今後、非常にゆっくりとしたペースで取扱店様が増えていくことが予想されます。それまでは通販、もしくはわたしからの手売りでお買い求めください。

○直販
ツイッターで映画を見に行く予定をつぶやいたりするかもしれません。なるべく持ち歩いているつもりなので、見かけたら声かけてくださってけっこうです。

◇お店のみなさまへ

「トラベシア」は取次などを通さない完全独立出版物となります。ありがたくも取り扱いご希望の場合は、suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp までご連絡をお願いします。基本的には7掛けでの買い切りでお願いしております。送料当方負担、もしくは直接搬入で納品します。なお、書店様以外での取り扱いも大歓迎です。こちらの意表を突くような業種のお店からのご連絡も、お待ちしております。

告知
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初台並木座 Vol.1
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

申し訳ございませんが、このたび、今後できるかぎり好き勝手にやらせていただくことにしました。つきましてはまず、「初台並木座」と銘打って、渡邉寿岳監督作品「かつて明日が」の上映+αのイヴェントをおこないます。ちょっとしたものをご飲食いただきながら、軽妙なトークと映像をお楽しみいただく趣向です。

◇日付
2016年08月16日(火)18時30分オープン/19時スタート/22時クローズ

◇会場
初台フヅクエ(→☆)(渋谷区初台1-38-10 二名ビル2F)/もったいぶって限定約15席/要予約

◇進行
18時30分 開場
19時00分 トーク:渡邉寿岳×鈴木並木(30分)
19時40分 上映1:渡邉寿岳「かつて明日が」(2008/39分/DVD)
20時30分 上映2:おまけ映像(けっこう昔/90分/DVD/ロシア語音声・英語字幕つき・日本語字幕なし)(予定)
22時00分 解散

◇料金
1000円(1ドリンク&1ケーキつき)/当日払いのみ
*ケーキは、プチデザートなどと呼ばれたりする、小指の先ほどのサイズのものではありません。通常サイズです。

◇予約方法
08月04日(木)22時から、以下のいずれかの方法で受け付けます。それ以前の連絡は無効です(質問は受け付けます)。どちらか都合のいいほうでお申し込みください。

・メール suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp
・ツイッターのDM @out_to_lunch(どなた様でも送れます)

名前(偽名でも可)と人数をお知らせください。折り返しの連絡をもって予約受付完了となります。満席になった場合はその旨返信いたします。料金は当日入場時にお支払いください。キャンセルする場合はお早めに連絡ください。

予約で満席になった場合、基本的には当日券は出ませんが、当日にならないと予定がわからない方もいらっしゃるでしょうし、また、無断でキャンセルする方もいらっしゃるでしょうから、開場時間あたりにお店に来ると、入れるかもしれません。当日券についてのアナウンスは当日するかもしれないし、しないかもしれません。

◇おことわり
会場は映画上映用の施設ではないため、防光・防音は完全ではありません。一応工夫はしますが、場所によってはスクリーンが見づらい場合があります。あらかじめご了承ください。

そういう状況下であるからこそ、背筋をピンと伸ばした、いわゆる「座高バカ」状態で鑑賞することを禁じます。当日上映前にも注意します。

すべてのお問い合わせは主催者であるわたし、鈴木並木までお願いします(フヅクエへではなく)。

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◇上映作品について

・渡邉寿岳(わたなべ・やすたか)
福島県出身。撮影技師。撮影担当作品に『いさなとり』(藤川史人監督)、『ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ』(黒川幸則監督)がある。梅田哲也、小林耕平ら美術家との共作多数。監督作として『かつて明日が』『時間のそこ』がある。

今回もったいなくも上映させていただく「かつて明日が」は、渡邉さんの武蔵野美術大学における卒業制作でありまして、都内では約4年半ぶりのお目見えとなります。劇映画「いさなとり」「ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ」、テニスコーツなどのライヴ映像、現代美術作家とのコラボ映像などなど、さまざまな分野の映像を手がける渡邉さんの若き日の輝きがぎっしり詰まった、めちゃくちゃかっこいい映画だと思っています。(→予告編

本作品に寄せられた絶賛の一部を下記に紹介します。

○赤坂太輔
渡邉寿岳『かつて明日が』これは誰もとらえようとしなかった、何かが始まりそうになる「予兆」をとらえた繊細な映像だ。ほとんど後ろ姿か横顔のみで、窓や入り口から音や声が聞こえてきて、何かが始まりそうになるけれど背を向けて帰ってしまう人々と場所。(→☆

○古谷利裕
(…)いくつかの場面では、息をのむような、というか、こちらの気持ちがかき立てられるような新鮮なイメージを、(カメラと録音機という人間の身体の外にあるものによってしか捉えられない)映像と音声との組み合わせによってつくりあげている。下手をすると、たんに物珍しい映像と音声のテクスチャー集みたいになりかねないのだが、そうは感じないところが面白い。 (→☆

○鈴木並木
「かつて明日が」は、あまりにも人間中心主義的である映画というものに対して、叛旗を掲げてもいないし異論を唱えてもいないだろうが、もしかしたら小首をかしげているかもしれない。その角度はとてもわずかで、それでいて強靭だ。 (→☆

おまけ映像は、なんとなくその場で流れているようなもの、くらいのつもりでお楽しみください。おまけ映像についての事前のご質問にはお答えしません。

最後に。このイヴェントは、わたしが編集・発行するリトル・プレス「トラベシア」の発刊を自分で記念するものでもあります。渡邉さんもすばらしい原稿を寄せてくれている「トラベシア」創刊号は08月中旬に発行予定。イヴェント当日も当然、販売いたします。「トラベシア」についての告知はこちら→☆

告知
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混乱を抱きしめる
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

戦争が始まって終わったことによって初めてつくることができた映画。そうした類の日本映画に10年近くとりつかれていた。しかしふと気がつくといつのまにか、さすがにもう「そういうの」はいいか、という気持ちになっていて、とはいえ興味は失われたわけではなくていろんな方向に拡散ないしは横滑りしているだけとも言える。台北の街を歩きながら、あるいはヘルムート・コイトナーの映画を見ながら、もしくはスペイン語の勉強をしながら、そして原田直次郎の絵を見ながら、さらには渋谷系のレコードを聴きながら、いつもなんとなく、いまとはまったく違った形で存在しえたかもしれない日本語(の映画)の版図について思いをめぐらせている。そしてそんなときしばしば、自分ほどの愛国者はそうそういないのじゃないだろうかと考えたりもする。

戦争が終わらなくてはつくることができなかった映画があるように、戦争をしながらでなくてはつくれない類の映画がある。とはいってもひとまず今回は現代アメリカ映画の隆盛についての話ではなくて、たとえば対米戦中のマキノ正博の特異で、それでいて充実したいくつかの仕事のこととか。もっとも、「ハナ子さん」などですら、見て混乱した気持ちを「国策映画だからよくない!」みたいに無理矢理ひとことでまとめずにはいられないひとがいる。そういう発想って、それこそ有事の際にはすぐに、「国策映画だからよくない?」→「国策映画だからよくなくない?」→「国策映画だからこそよい!」とひっくりかえり続けてとんでもない方向に向かっていくかもしれない危うい心性だと思うんだけどね。どうして混乱したら混乱したままでいられないんだろう。混乱を抱きしめていたらいいのに。

瀬尾光世「桃太郎 海の神兵」デジタル修復版を、ユーロスペースで見る。桃太郎が家来の動物たちと一緒に鬼が島に鬼を征伐しに行くおなじみの話をもとに松竹が製作し、1945年4月に公開した長篇アニメ。時局柄、鬼が島にいる「鬼」は西洋人であり、桃太郎率いる日本軍は落下傘でその島へ降下して攻め入る。堂々とした物腰で無条件降伏を迫る桃太郎、それに対する「鬼」たちの弱腰。封切時の観客たちはおそらく、シンガポールでの山下=パーシヴァル会見を想起し(て喝采し)ただろう。

……こうした説明、あるいは筋書きで「プロパガンダだ」と拒否反応を起こすひとがいるのはわからないでもないけれど、そんなこと言ったら現代映画はほぼすべて、フツィエフ言うところの金による検閲を受けているんじゃないのー(検閲を受けることすらできない不自由も含めて)、とだけ書いておく。

金だけあればいいってもんじゃないのは当然として、まさか大戦末期の日本(映画)に、これだけの金と手間ヒマをかける余裕(ではないかもしれない。根性、気力、使命感……)があるとは思っていなかった、というのが見終えたあとにまず浮かんだ感想。いや違うな、それは頭でまとめた感想であって、画面に触れたダイレクトな喜びがなによりも先に来る。

田舎道での別れ際、仲間たちに手を振りながら、風に飛ばされそうになる帽子をふと手で押さえるしぐさ。そよそよと揺れるスカーフ。画面の手前と奥を自在に行き来する動物たち。崖の上の立ち木に縛り付けたロープを命綱にして谷川へと飛び込んでいく場面のダイナミックなカメラワーク。自らが所属する航空隊の飛行機の動きを、自分のからだを回転、背転させて再現する猿。

まあとにかく絵が動く動く。そんなの当たり前だろうと思うかもしれないが、いかに効率的に絵を動かすか≒いかに動かさずに動いているように見せるか、に注力して作られたアニメを見慣れた目には、画面にあるものがいちいち無意味に蠕動していることがたまらない喜びになる。リュミエール兄弟の映画で食事をさせられている赤ん坊の背景の木々の枝、葉を思い出す。いや、あの映画の主役は本当は絶え間なく風に吹かれてそよいでいる枝葉のほうであって、赤ん坊なぞは単に画面上で占めている面積が多少大きいというだけの、映画にとっては枝葉末節にすぎなかったのだ。

「桃太郎 海の神兵」を見ると、単なる画面上のものの運動が、しばしばそこから突き抜けて、なにかこう、尊さのようなものをすら帯びてしまうことがたしかにあるのだと何度も何度も確信する。たとえば、先に触れた、弱腰な「鬼」=西洋人たちの描写。軟体動物のようにからだを伸び縮みさせながら、だらだらと脂汗を流し、くねくねと身をよじらせながら、もごもごと返答する。もちろんそれは、泰然自若たる桃太郎との対比で、卑俗さを際立たせるためにそう描かれているわけなのだが、その動きは、この映画がつくられた経緯も、盛られている思想内容も軽々と飛び越えて、ある豊かさを獲得している。そのような見方をする自由くらいは、死守したい。

ところで「桃太郎 海の神兵」は全篇YouTubeなどで見ることもできるのだが、今回上映されたデジタル修復版(4Kスキャン、2K修復)は、映像も音声もほとんどストレスを感じることのない、掛け値なしにすばらしいものだった。そんなことはまずないのは承知の上であえて言うならば、すべての旧作日本映画がこの画質で見られるようになったら、なにかが確実に変わるだろう。ブレもボケもなく、ゴミも取り除かれ、チラつきも修正されている。たかが画質、されど画質。いままで自分が画質をナメていたことに気付かされた。

終映後、修復を担当したイマジカのひとふたりによるトークがあり、そのうちひとりが、自分のやった仕事をごく自然に自画自賛していた。もちろんこのヴァージョンについていえば、まったくイヤミに聞こえない。素直に納得できた。2016年度の旧作日本映画ベスト・ワン。

映画
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台北で映画を見た2016
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
今年で第10回目を迎えた、台灣國際紀録片影展=TIDF(→☆)に行って来ました。従来は偶数年の秋(=山形国際ドキュメンタリー映画祭がない年)開催だったのが、2014年、これからは毎年開催するよとアナウンスされて、おお、それだと奇数年は山形とモロにバッティングするな、でもそれはそれで楽しみだな、と思っていたら、2015年は一回お休み。開催時期を変えて、2016年からは毎年5月に開かれることになったみたい。

前回2014年秋の訪問時に自分が書いたもの(→☆)を読んでみると、前回と今回の違いもいくつかあることに気付きました。たとえば、

・野外上映がない。
・平日日中の割引料金がない。
・府中15と国家電影中心での上映がなくなり、会場が新光影城と光點華山にほぼ集約。
・これは映画祭とは関係ないけど、新光影城に(少なくとも2011年春以降)ずっとあった、映画「ノルウェイの森」の宣伝ディスプレイがなくなっている。

……あたりがぱっと目につくところ。ここだけ見ると、縮小、あるいは衰退したのかとも思えますが、わたしの見た限り、プログラム、集客、各種企画とも充実しているようでした。8プログラム見た中で、印象に残ったものを。

◎王我「沒有電影的電影節」(2015)

2014年8月、北京獨立影像展が中止になったニュースは、こちらのブログ(→☆)などでなんとなく聞き知っていましたが、これはその顛末の記録で、英語タイトルは「A Filmless Festival」。たかだか、という言い方は失礼ですが、それでも、たかだかひとつの小さな映画祭に対してときに陰湿に、そしてあからさまに圧力をかけ、妨害し、中止させる国家権力の恐ろしさ。地元の住民のふりをしてイチャモンをつけ、事務局の敷地に塀を乗り越えて入り込んではパソコンやらアーカイヴ資料やらを根こそぎ持ち去る。

ただし、不謹慎な言い方をするならば、理不尽な強敵が出てくるわけだから、映画としては面白くないはずがない。よくできたモキュメンタリーのような、と混乱した形容をしたくなる盗み撮りの切実さ。警察に連れて行かれた関係者を励ますべく、署の建物の前に集まってキャンドルを捧げ持つひとたちの顔、顔、顔。

それにしても、中国の官憲の出鱈目さ(両方の意味での)、とんでもないな。北京市内では映画祭を開かないようにと念書を書かせるとか、感覚が完全に時代劇の「所払い」だよ。思わず笑ってしまったのは、もちろん彼らはネット関係も監視していて運営側の書き込みを片っ端から削除していくんだけど、その手際があまりにもよくて、映画祭中止の書き込みまで消してしまうもんで、中止になったことが知れ渡らずにどんどんひとが集まってしまうという。官僚の官僚的な仕事に関する古今東西のギャグの中でも、かなり出来のいい部類なんじゃないだろうか。

なにかが起きる予感は充分にあったにせよ、おそらくこの映画は最初から作ろうとして準備されたものではなく、いざ事が起きて映画祭関係者や周辺のひとたちが撮った映像素材をつないでできたものなんだろうけど、できあがったものだけを見ると、というか、それ以外の見方なんてできないわけで、「編集」の「映画」の効果と危うさがここまでむき出しになることもそうそうないだろうな、と複雑な興奮を覚える。心なしか、上映後の拍手がほかの作品のときよりも大きかったような。

◎Sergei Loznitsa「The Event」(2015)

中文タイトルは「蘇聯1991」。国家非常事態委員会によるクーデター未遂がソ連で進行していた1991年夏の、レニングラードの記録。当時撮影されて眠っていた映像をもとに作られた、いわば新作みたいなもんで、映っている出来事や人々はたしかに25年前のものなのに、不思議と現代の映画という感じがする。「沒有電影的電影節」とは正反対の、よく準備されたような端正なモノクロ映像がそう感じさせるのか(人々が、道をふさぐように止められていた長い車を押して倒す、ロー・ポジションの見事な構図)。あるいは編集の賜物か。

事に際して、街頭で見知らぬ相手と言葉を交わし、バカでかい広場に三々五々集まり、しまいにはそこをぎっしりと埋め尽くす市民たち。人々に向けて、レニングラード市長は「一滴の血が流れればそれは大海になる」と自重を求める。教会から来た聖職者は「ロシアはほかの国々のビッグ・ブラザーにではなく、ラヴィング・シスターになろう」と訴える。あるおばあさんは、自分の姉だったかの思い出を語り、遺された詩を朗読する。曰く「わたしたちの行く道は困難なものだ。しかし後ろを見れば墓場、まわりには十字架ばかり、進むのが困難だからと言ってそちらに戻るのか? ……ニェット! ニェット! ニェット!」

そうした中、バルト三国のどこかで流血の惨事が起きたとのニュースが飛び込んでくる。そのことが壇上から知らされると、群集がみな、高くピース・サインをかかげる。ここは圧巻というほかない。なにかあると広場に集まる文化、そして、集まった市民に対して、こういうふうに語りかける言葉を持った市長や政治家。そうしたものをわたしたちはまだ手に入れていない。というか、好意的に言えば、いままさに手に入れつつある。だから自分たちとも地続きの映画なのだと思い、静かに昂ぶりつつ、見た。ピース。

◎竸Ь組「遠東化纖罷工事件」(1989)

竸Ь組は台湾のインディペンデント系のニュース制作集団。今回のTIDFでは彼らの大々的な特集が組まれ、同じ題材について、彼らのまとめたニュースと、政府寄りのTV局の番組とをカップリングして上映、比較検証するようなプログラムもあった。

これはタイトルのとおり、ある工場でのストの記録。リーダー格と思われる男性が、団交でテンション高く経営者側に食って掛かり、その後もやたらと目立っていて、つまりはこういうことが楽しくて仕方がない感じのひとで、見ていてついついにやにやしてしまう。警察は楯で容赦なく殴りつける。応援に来てとばっちりをくって流血した農協のおじさん曰く「流血はむしろ名誉だ」。

TIDFでは映画館での正規の上映以外に、台北市内のいくつかのカフェで、無料、あるいはワン・オーダーのみで参加できる上映をおこなっていて、これはそのひとつで鑑賞。いつも行列ができているらしい阜杭豆漿(自分たちが行ったときはまったく並んでなくてすぐ2階まで行けましたが)の、交差点の斜め向かいにあるカフェ、慕哲咖啡の地下のイヴェント・スペース。上映前、主催者のあいさつがあって、自分は中国語がまったくできないので早く始まらないかなと思いながら待っていたところ、客後方席でマイクが回されていて、主催者とやりとりしている。

上映前に質疑応答? と思って見ていると、どうやら全員がなにかひとことずつ言わされているみたいだ。昔、朝霞だか志木だかの公民館に大島渚の「絞死刑」の自主上映を見に行って、上映後のディスカッションには参加せずにそそくさと逃亡した記憶が蘇るぜ。そういえば司会の男はなんとなく「日本の夜と霧」のときの戸浦六宏っぽい雰囲気だ……とか考えてるうちにマイクが回ってきてしまったので、英語で失礼します、とかもぞもぞ前置きして、日本から来ました、ドキュメンタリーが好きです、とか凡庸極まりないあいさつをしてマイクを隣にパスした。次回までに、我是日本人、くらいは発音できるようになっときたい。

◎Patricio Guzman「Chile, Obstinate Memory」(1997)

タイトルは映画祭の表記に従う。スペイン語にしたいところだけど、画面に出てくるタイトルはフランス語で書かれていた。邦題は「その後の仁義なきチリの闘い」。いまわたしが決めた。

世界各地で大評判をとったものの故国チリではいまだに上映されていない大作「チリの闘い」を携えて、グスマンが故郷に帰ってくる。かつてアジェンデのもとで働いていたひとたちや、若い学生たちにこの映画を見せながら、記憶を掘り起こし、揺り動かし、圧縮し、まぜっかえす。証言者たちはみな、ピノチェト時代に「消失」した家族や近親者の人数を語る。

人民連合のテーマ曲「ベンセレーモス」を演奏しながらサンチァゴの街を行くマーチング・バンド。この曲が街頭に流れるのはアジェンデ時代以来、20数年ぶりだという。人々はさまざまな反応を見せる。拍手する女。なんでいまさらといった顔の男。眼光鋭いオヤジが力強くピース・サインを出す。そしてもう一度、眼光鋭いオヤジが力強くピース・サインを出すショット。ピース。そこから、「チリの闘い」の同曲の流れる場面へとスムースに移行する。

「チリの闘い」を見た学生たち。女子高生?たちのディスカッションでは、クーデターを歴史の既成事実としてとらえているがゆえの発言も目立つ。20代から30代にかけてのグループは、呆然と涙を流しながら見ている。うちひとりは、クーデター当時は小学生で、学校に行かなくてよくなったのでベッドの中で喜んでいた、と顔をぐしゃぐしゃにしてしゃくりあげながら告白する。

「チリの闘い」を見ると、チリ国民は地球上でもっとも美しいひとたちだ、と思わざるを得ないけれども、忘れがたいいくつかの顔に、ここで再会できる。

−−−

ところで、TIDFの会場のひとつである新光影城の入っている建物のことを、どなたかが「中野ブロードウェイみたい」と書いてらしたのにはなるほど言い得て妙、と思いましたが、西門町自体は原宿がだだっ広くなったような街です。で、ここには映画館もぽつぽつあって、そのうちのいくつかは、平日でも最終上映は午前3時とか4時とか、宵っ張りなのか早起きなのかわからない状態で営業してます。それはさておくとして、やはり西門町の映画館である真善美戯院で、ちょうどまた別の映画祭がおこなわれていました。

城市遊牧影展(アーバン・ノマド・フィルム・フェスティヴァル)(→☆)というのがそれで、そんなの誰も知らないと思いますが、もう15回くらい続いている由緒正しい映画祭なんだそうです。プログラムはアート、サブカル寄り。こちらで見たドキュメンタリー2本も、めちゃくちゃ面白かった。

◎John Pirozzi「Don't Think I've Forgotten: Cambodia's Lost Rock & Roll」(2014)

フランスからの独立後の最初の十数年、カンボジアのすばらしかった時代。「東南アジアの真珠」と呼ばれた美しい都市、プノンペンには、東洋と西洋が交差した独自の音楽文化が花開いており、エレキ、ラテン、歌謡曲、サイケ、ハードロック、ソウル、日本にあった程度のものは全部ここにもあった。

アフロ・キューバンな音、中でもチャチャチャに強く影響されたダンス・バンド。ロックンロールは最初フランス経由で、のちにアメリカから、入ってきた。シャドウズを動きまで模したようなエレキ・バンド。サンタナ「オイェ・コモ・バ」のクメール語カヴァー。ヴェトナム戦争の影響でもたらされたソウルやファンク。70年代になると、きっちりしたピッチで歌っていたそれまでの歌手とは違って、リラックスした雰囲気で「君のともだち」をクメール語と英語のちゃんぽんで歌うようなひとも現れる。「わたしたちの時代の音楽が出てきたと思った」とのコメント。魔女か! スーパー・レディか!

内戦の激化とともに、夜間外出禁止令が発令されると、ナイト・クラブの営業時間は午後から夜早い時間へとシフト。外に出ると危ないとなれば、娘たちは家の中で音楽をかけて踊る。シハヌークは「音楽は国の魂だ」と言った。

クメール・ルージュ時代の話は避けては通れない。証言者の全員、みな必ず、身近に複数の犠牲者がいる。お前は都会では何をしていたのだと問われ、歌手だと知れると命がないから、バナナ売りでした、とウソをついて生き延びた女。

タイトルは「忘れたなんて思うなよ!」といったプロテスト的な意味なのかと思ったら、歌謡曲(ラヴ・ソング)の一節からとられたようだ。見る機会はなかなかないと思うので、興味のあるひとはサントラ盤だけでもどうぞ。いまアマゾンの商品ページを見たら、ひとつだけついているレヴューのなかにさらっと「参加アーチストのほとんどが1975−79年に没しており」とあって、その意味にぞっとする。ピース。

◎Shan Nicholson「Rubble Kings」(2015)

1960〜70年代のニューヨーク、ブロンクスのストリート・ギャングのドキュメンタリー。オープニングからして最高で、全身刺青だらけの人間みたいなグラフィティだらけの地下鉄、駅の改札を軽々と飛び越える無賃乗車の男たち、そして「当時のブロンクスのおもな収入は犯罪によるものだった」との証言。続いて「1979年、ウォルター・ヒル『ウォリアーズ』のブロンクスの描写が衝撃を与えたが、その7年前、現実ははるかにひどかった」との字幕。わくわくせざるをえない。

ゲットー・ブラザーズのカラテ・チャーリーが、60年代と70年代の雰囲気の違いを端的に表現する。曰く「"I have a dream"? No, you don't.」。ピース・サインはいまではぶっ立てた中指になった、とも。当時のブロンクス、大家が店子の立ち退きと保険金の詐取を目的として、自分の建物に放火することがおこなわれていたとか。

ブロンクスの各地や、ニューヨークのその他の地区で、ストリートごとに乱立したギャングたち。ティームそれぞれ毛色が違う。ターバンズはヴェトナム戦争の退役軍人たちによる集団で、銃火器で武装。ゲットー・ブラザーズはブロンクスだけで2500人のメンバーがいて、ほかにも支部があった。そのうちティーム内でバンドが結成され、レコードもリリースしたとか。と言われてみると、そういえばそれ、持ってたような(結局、確認してない)。

トラブルが発生するとドラムで連絡をとるので、至るところからドラムの音がしていたと。ティーム同士の対立が頂点に達したころ、多くのティームが一堂に会しての和平集会が開かれた。それがきっかけで路上でのパーティが日常化し、そこからヒップホップ文化が発生したことを紹介して〆る。ピース。ちなみに音楽はわりとずっとラテン・ファンクっぽいのが流れててかっこいい。

余談ながら、大人になってカサヴェテス「グロリア」を見たとき、あ、ここに映ってる景色ってまさに自分が子供のころに持っていたニューヨークのイメージだわ、と思ったんだけど、いま調べたらあの荒れ果てた街はサウス・ブロンクスって設定だった。

わたしがニューヨークに初めて行ったのは子供時代からずいぶんたった2008年のことで、ブロンクスには足を踏み入れなかったものの、それでもだいぶ緊張しながら歩いていたはずだ。また行ってみたいけど、この映画見たらなんとなく躊躇してしまう。

逆に台北では完全にリラックスしきっていることに気付いた。普段はほとんど毎日のように原因不明の倦怠感に全身を包まれながら寝起きして仕事に行ってるのが、ここではまるでだるくないし、映画を見ていてもまったく眠くならない。

−−−

こうして振り返ると、わりとずっと拳を握りしめて社会問題を考えていたみたいですがもちろんそんなことはなく、旅の前半は澎湖島に行ってレンタルした原付を時速60キロくらいでぶっ飛ばしたり(JAFに免許証持っていくと台湾で運転できる書類を作ってくれます)、台北では愉快なおともだちのみなさんと合流してものすごい勢いでうまいもん食べあさったり、疲れを取るマッサージを受けたり、都心部から30分くらいで行ける山の温泉を訪ねたり、玄関に置くぶぅくんの置物を買ったり、してました。台湾はいいぞ。

TIDFの100ページ超のプログラム冊子(中文・英文併記。無料でもらえるやつ。パンフとは別)を何冊かもらってきましたので、興味のある方がいらっしゃいましたら差し上げます。ご連絡くださいませ。

○写真、上から
・澎湖島、馬公市の映画館、中興電影城。
・中興電影城のチケット売り場と売店。4スクリーンあって、それぞれ金、銀、財、寶という名前。
・澎湖島から橋を渡って行ける島、西嶼郷のいちばん端っこ近く。部活のあんちゃんたちが走っているのかと思ったら、近くの灯台に併設されている施設の軍人さんだった。
・台北、新光影城。
・「遠東化纖罷工事件」の上映があった、慕哲咖啡。
・2015年の夏の台風で斜めになったポスト。足元のプレートには経緯が記されており、傾いたままの状態で使われ続けている。
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「映画のポケット」Vol.64「夜の阿佐ヶ谷 たっぷり2時間『映画談義』」
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
☆Vol.64「夜の阿佐ヶ谷 たっぷり2時間『映画談義』」

おはなし:小西康陽 with 田旗浩一&上馬場健弘
進行:鈴木並木

2016年06月25日(土)19時〜21時(延長はなるべくナシの予定)
@阿佐ヶ谷・よるのひるね [HP]
参加費500円+要1オーダー
参加自由/申し込み不要/途中入場・退出自由

☆入場時、鈴木に参加費500円をお支払いください。そのうえでお店の方にフードやドリンクのご注文をお願いします。

☆定員20名ほどの小さなお店になります。物理的に入場できなくなる場合もありえますのであらかじめご了承ください。

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2016年1月〜6月、三人がそれぞれ観た映画を一人6本、計18本ピックアップしての映画談義。「名画座」「女優」「芸能」「ゴシップ」「アイドル」「音楽」「ファッション」「これからの人生」「ラジオ」「テレビ番組」等々、映画と脈絡ありそうでなさそうにつなぐ映画談義? 箸休めに小西康陽さんの「映画音楽」のレコードタイムあり。

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☆小西康陽(こにし・やすはる)
音楽家。1985年、ピチカート・ファイヴのメンバーとしてデビュー。2001年解散後も、数多くのアーティストの作詞/作曲/編曲/プロデュースを手掛ける。2011年、PIZZICATO ONE名義で初のソロアルバム『11のとても悲しい歌』を発表。2015年、セカンドアルバム『わたくしの二十世紀』を発表。著書に『僕らのヒットパレード』(片岡義男と共著)ほか。


☆田旗浩一(たばた・こういち)
映像作家、映像ディレクター。1981〜1983年:シネマ・プラセット勤務。1984年〜1993年:音楽・映像集団リングワールド勤務。ビデオアーティスト・デビュー。以降、博覧会映像、イベント映像、テレビ番組タイトル、アート番組演出など様々な映像分野でお仕事をする。1994年:1年間、フリー。1995年〜2002年:ブッダ・メディア・インスティテュート設立。2003年〜2011年:映像・映画製作会社バイオタイド在籍。2012年〜現在:フリー演出家、その他。演出映像本数は200本以上あると思われます。詳しくはWikipediaを参照してください。(→☆

☆上馬場健弘(うえばば・たけひろ)
自主映画作家・俳優。映画感想家。元ピチカートマニア。主な出演作に『狂気の海』(高橋洋)、『ダークシステム 完全版』(幸修司)など。最近はもっぱら映画ばかり観てアイドルばかり聴く毎日。感想は滞り気味。

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☆本篇終了後、おそらく引き続き同じ場所で、2次会があります。ご都合のつく方はこちらもあわせてご参加、ご歓談ください。費用は実費。
告知
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人間宣言
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
「幽霊」という日本語に「Almost Ghost」という英語が添えられた、いつもながらの中二感あふれるタイトル。そして、「期限切れの同時録音用サウンドフィルム×274本を使用、既に廃品回収へと流れた18台のカメラを含む、28台の何処かしらに不具合のある8ミリフィルムカメラを使役して制作された現時点における極点」とのアオリ文句。となれば当然、期待以外のいかなる感情をも持つことはできないわけで、大西健児の新作を見に、いそいそと三軒茶屋のKENへと出かける。

ところで「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の一部劇場での当日料金が、「作品的な価値を踏まえて一般料金を特別価格に設定させていただく事になりました」なる文言と共に、2000円に設定されて若干話題(と不満?)を呼んでいたけれども、それに限らず、すごく楽しみにしていたPerfumeの映画も一律2000円、各種割引もサーヴィス・デイも適用外で、結局見ることができなかった。そのグループのファンしか見ないようなものならともかく、Perfumeは国民的グループでしょう? 普通の値段にしてほしかった。

それらの潮流に便乗したわけでもあるまいが、「幽霊」も入場料は2000円。たしかに尺は2時間半とやや長めではあるけれども、1本の映画の値段としては高い。しかしいざ見てみると、なるほど、こちらこそが「作品的な価値を踏まえて一般料金を特別価格に設定させていただく事になりました」だよな、と妙に納得させられてしまう。

冒頭はたぶん、レンズを装着しているところを鏡に映して自撮りした映像。くるくると回されるレンズの中の白っぽい光の動きが、シャーレのなかで細胞分裂する卵のように見える。次にたぶん、レンズを外した状態のカメラなのだろうか、小さな四角い穴の中でなにかがカタカタと動いている。すばやく繰り返されるまばたきのようだ。そして、どこかの家の縁側、デッドストックの8ミリフィルムがぎっしりつまった段ボール箱を受け取っている、たぶん大西自身。上半身は裸、無造作に伸びた髪、タヒミックを思わせる。

ここいらへんまで見たところで、おっ、もしかして今回は大西流「映画の映画」なのか、との予感がしたものの、はたしてそういうふうには進んでいかない。中盤で、たぶん三軒茶屋のKEN(まさにいま自分が座って、幽霊を見ているほかならぬその場所だ)での8ミリの自家現像の様子(海藻を洗うみたいだ)や、上映会の風景が挿入されるけれども、大半は大西の故郷、伊勢への帰省の際に撮られたらしい映像で、つまりは由緒正しき8ミリ映画の形式のひとつである、まさかのホーム・ムーヴィーなのだった。

考えるだにおよそありえなさそうなことだが、伊勢とは大西のことを「けんちゃん」と呼ぶひとが住んでいる場所であり、そこでは大西はリラックスしきった様子で家の前の道で散髪を受けたりもする。大西のたぶん母と、100歳に迫ろうとする大西の祖母の姿がフィルムに焼き付けられる。そして夜景。ぼんやりと光る街灯。車のヘッドライトが早回しで画面に光の線を引く。これほど美しく、同時に薄ら寒く、そして怖ろしく夜景を撮れる人間は、おそらくいまの日本で大西のほかにはいないだろう。

さきほどからわたしは「映像」だの「記録されている」だのと、さも当たり前のように書いてきているけれども、撮影に使われているのは消費期限を30〜40年ほど過ぎた8ミリフィルムであり、当然、多かれ少なかれ劣化が進んでいる。いやむしろわたしたちが見ているのは、劣化がほぼ最後まで進み切った最後の最後、かろうじてフィルムとしての機能が残った部分に、なんとか定着した光の痕跡だというほうが適切かもしれない。だからなにかが映っていると思っても「たぶん」と言うしかないし、それを見極める作業は映画鑑賞というよりか念写の実験かあぶり出しに近い。

劣化は単に一直線に、足並みそろえて進んでいるわけではない。映像だけが記録されたサイレントの巻があり、逆に音だけが残されて画面にはなにも映らず白い光の線が縦にちらつくだけの巻がある。画面全体にカーキ色のフィルターがかかったようなロール。比較的はっきりとした映像の上をくしゃくしゃにされたセロファンの断片がごそごそ動いているようなロール。大量の小さな虫が細かく震動しているようなロール。かと思うと、驚くほど鮮やかな映像が飛び出してくる一瞬がある。そして前述の夜景。ここでは、まろやかな色彩がじんわりと目から胸へと染み入ってくる。言うまでもなく、こうした1巻1巻のフィルムの個性(文字通りの意味での「個−性」)が、「幽霊」という作品の重要な細部なのだ。

ある程度以上の頻度で名画座に通っていると、褪色やコマ飛びといったフィルムの状態から、あっこれは以前にどこそこで見たのと同じプリントだなとわかることがある(その判断が正確かどうかは別として)。そういうときに懐かしい友人に再会したような気分になったり(たぶん病気です)、同じ作品がニュープリントが焼かれたのを見て物足りなさを覚えたりする(たぶん病気です)。

そうしたフィルムの個性が、いわば極限まで押し進められた「幽霊」のような作品を、35ミリのニュープリントで見たり(ありえませんが)、DVDで見たりすることになにか意味があるだろうか、という問いは、それ自体がひとつの大きな問いと言えるだろう。「幽霊」と比べたら、いわゆるクラシックだとか「名画」だとかを、いつどこでどんな媒体で見ようが、たいして問題にはならないはずだ。

ところでわたしはさきほどから「劣化」と書いているけれども、「幽霊」ではそのときどきのさまざまなフィルムの状態が、しばしばかなり密接に、作品の内容と関わっている。たとえば。たぶん母とたぶん祖母の、なごやかなやりとり、リラックスした生活のあれこれが映像に残されているのと同時に、たぶん母がたぶん祖母を、たぶん粗相をしたとかの理由で、たぶん語気を荒げて叱る様子も記録されている。しかしそのロールは、人物の姿が識別できるような意味での映像は映っていない。縦に白い線がちらついているだけだ。語気を荒げて叱る様子、というのも、言葉が明確に聴き取れるわけではなく、たぶんひとの声だろうと推測できる音の調子を、経験則的=総合的に判断した、わたしにとっての、結果に過ぎない。

そしてこれもたぶんの話になるけれど、そうなったのは偶然ではなく、大西が文字通り、フィルムを演出した結果なのじゃあるまいか。消費期限からの経過年数や入手経路などから、この巻はだいたいこの程度に映る、あるいは映らない、というアタリをあらかじめつけてから撮影に臨んだのではないか、と推測してみる。いやそれとも、同じような場面をとにかくいろんな状態のフィルムで闇雲に撮りまくり、演出意図に応じた像を結んだものをつなげたのか。あるいは、自家現像に精通した大西は、どんなフィルムをどのように扱えばどんな像が現れるのかを知り尽くしていて、ざぶざぶ洗う手加減ひとつで自在に自分の望む映像を産み出せるのだろうか。いずれにしても、ファインダーを覗き、同じように操作すれば同じような結果が出力されることが期待されるような経済性からははるか遠く離れた映画づくりがおこなわれていることだけは間違いないだろう。フィルムはたしかに劣化しているかもしれないが、それによって映画は、いい意味で、逆に、変化、ないしはむしろ、進化すらしているのではないのか、とも思えてくる。

上映後のトークで大西は、ボタンを押せばスマートフォンで簡単に映像が撮れ、アプリで8ミリ風のルックを実現することも容易な時代に、わざわざ自家現像の8ミリフィルムで映画を撮ることは金持ちの道楽に近くて現実的ではない、と語った。口ではほぼギヴ・アップしたかのようなことを言ってはいたけれども、わたしはそれを額面どおりには受け取っていない。ただし、8ミリでの制作が困難になってきたからこれからは映像ではなくて映画に向かっていきたい、と言っていたことについては、大いに期待している。制作が中断されている時代劇「白夜叉」(たしかここでは大西自身が火だるまになっていたはず)の公開に向けて仕上げをしているだかこれからするだかとの話もあった。底冷えのする会場でそう話す大西は、いつもどおりTシャツ姿だったが、どんな厳寒においても半ズボンしかはかないはずの彼が、この日は長ズボンを着用していた。自らが獣のように映画を撮り続けてきた男が、カメラやフィルムの獣性の手綱をとる調教師に変貌しつつある過程を見たようにも思う。わたしはこれを大西健児の人間宣言として受け取っている。
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Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)
一体こんな時間までどこをうろうろしていたのだ、もうお前以外は全員集まっておるぞ、と言わんばかりの係員の態度に威圧されながら狭い通路を通って席につくと、まわりは春休みを利用してここにいるらしい学生のグループで、それはまあいいとしても、身を乗り出して離れた席の仲間と交わす会話が、「なぁーお前○○持ってる?」だとか、「おおすげぇー、××やってるよ」だとか、こうしていま思い出して字面にしてみるだけで時空を超えて恥ずかしさがよみがえってくるような紋切り型のはしゃぎっぷりで、騒々しいったらありゃしない。だもんで目をつむってじっとしていると、背中の方向から、ときおり爆発するような笑い声が混じった、極度に誇張された抑揚の会話が聞こえてきて、その会話の主たちは数十分後、ワゴンを押しながらわたしの席までやってくると、様式化された身ぶりと口調で、「Would you like something to drink?」と訊いてきた。

それから10時間近くのあいだ、何度か彼女たちにコーヒーを所望する過程でわかったこと。ドトールやベローチェでコーヒーを注文するのと同じマインドセットでは決してオーダーは通らない。極度に誇張された抑揚、様式化された身ぶりと口調をわたしも身につけなくてはならない。アメリカン・エアラインズの機内はアメリカであって、そしてそこで供されるコーヒーはおそろしく不味い。

若干の紆余曲折を経て、数日後わたしは、ニューオーリンズの路面電車で乗り合わせた夫婦と和やかな会話を持ち、バス停での会話の流れでナチュラルに小銭をせびってくる男をやんわりと拒絶し、紙袋にくるまれたボトルから酒を飲みながら自分の注文した品が来るのを待っているおばちゃんの世間話に付き合いさえした。それらの会話はすべて、たまたま近くにいた知らないひと(それはわたしだ)に話しかけることが許されている風土ならではの出来事で、わたしは単にその場の空気に流されて応答したにすぎないのだけど、それにしても、じゃあ、たまたま近くにいるひとに話しかけることが許されない風土、文化、雰囲気って、一体なんなんだろう。

そんな(いつもどおりの)個人的な事情と意見を抱えながら、小森はるか「息の跡」を見る。冒頭、主人公である種屋の佐藤さんの仕事場や、そこでの仕事を少し見せたあと、初めて佐藤さんが発する言葉は、なにか顔が書かれた丸いものが先端にくっついた棒をこちらに突き出しながら言う、「へのへのもへじだ!」のひとことだ。

こちら、といま書いたのは、文字どおり、画面を突き抜けた先のわたしたちであるけれども、その前段階として、カメラと、それをかまえる小森監督のことだ。いきなり棒を目の前に突き出された小森は、驚くでもよけるでもなく、短く、「うふふっ」と笑う。

このかわいらしい声の持ち主はどんな女性なのだろうか(結局、最後まで見ても姿は出てこない)、と気もそぞろになりながらしばらく見ていると、この映画が、通常の会話でもなく、ドキュメンタリー映画らしいインタヴューでもなく、ましてやひとり語りでもなく、ほぼ全篇、問−答の形式でできあがっているとわかる。

ただし佐藤さんが矢継ぎ早に質問を繰り出しているように見えるのは、単に形式的なことに過ぎない。自分の言っていることを小森が理解しているのかどうかの確認であり(「わかる? へぇー、わかるの!」)、つまり、猛烈な勢いでのコミュニケーションへの欲求だ。

そして小森はときどき、佐藤さんの問いを平然と受け流す。届いた自費出版の手記の表紙をめくったところにある地図の出来栄えを訊ねられ、また、自分は別に有名人なわけではないからサインをするのは変だよねと問われ、なにも答えない。しかしそれによって、とくに気まずくなるわけでもない。思えば、わたしたちが日常の中である問いを問われたとき、反応のしかたはさまざまだろう。その問いの本当に意味するところが実は問いではないのだったら、いちいち律儀に口に出して答えを返す必要はない。カメラと一緒にじっとそこにいるだけで、充分に答えになることだってあるだろう。

佐藤さんが本業の種屋の仕事のかたわら、執筆している手記。自分の経験した大事件を、英語と中国語とで記録し、しかも一度書き終えたものも、絶え間なく改訂を続けているらしいのだ。書くだけではない。自分で書いたものなのだから最初のほうだけでも正しい発音で朗読できなくては恥ずかしい、と、何度も何度も繰り返し声に出して、読む。中国語の発音の巧拙はわたしにはまったく判断できないけれども、彼の英語の発音の極度に誇張された抑揚、様式化された口調、そして口から出た言葉がすぐまた自分の耳に入っていくことによって増幅される様子(フィードバック・ノイズ)。見ていてついつい笑みが漏れてしまうし、同時に、教科書的なうまいヘタとは別の回路で、聞く者に大胆かつ強引に伝わってしまう言葉の存在に感極まらざるを得ない。

表面的にはまったく似ていないのだから突飛な連想だと言われるかもしれないけれど、でも本当はいちいちそんなことを断る必要もないのだけど、佐藤さんの英語を耳にして、ジョナス・メカスのしゃべりかたを思い出した。メカスの声と言葉が彼の作品のとてつもなく大きな一部分であるように、ある巨大な外的条件によって規定されたのであろう佐藤さんの声と言葉(息の跡?)は、この映画の魅力の大きな一部分なのだと思う。

メカスがいまのような言葉の使い方をするに至ったきっかけは、もちろんアメリカへ亡命したからだろう。思えば佐藤さんも、急激な環境の変化によって、故郷にいながら別の場所に送られたようなものだ。たとえそういった特異な体験を経ても、たいていのひとは母語にしがみ続けるだろう。ところがある種のひとにとっては、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」。

わたしたちがつい最近見た、もうひとりのexile、「オデッセイ」のマット・デイモン。わたしはあの映画の、言葉のやり取り、問−答のありかたにいちばんぐっと来たのだけど、彼とメカスとのあいだに佐藤さんを置くと、ちょうどうまいことあれこれつながる気がする。佐藤さんの店の前の街道はたくさんの車(トラックが多い)が行き交っていて、でも少なくともこの映画には、店を訪れるひとはほとんど映っていない。佐藤さんだけがほぼたったひとり、まるで火星にでもいるかのように、作業と思索と発話を続けているように見える。ただし、まったく孤独ではない。

(上映のあとの監督のトークで、実際は繁盛している店だということが告げられた。小森がそれを撮らなかった理由も説明され、その理由のつつましさにわたしは胸を打たれた)

ところで佐藤さんの英語と中国語はまったくの独学だというような紹介を見かけるけれども、わたしはそれはちょっと疑わしいと思っている。もともと相当な知的訓練を受けたひとなのではないか。まあその真偽はともかくとして、確実に誰にでも見て取れるのは、佐藤さんの知性のしなやかさ、強靭さだろう。

たとえば、立ち木の年齢を推測しながら海からの高さを測り、地元には記録が残っていないけれどもなぜかスペインに残る古文書には書かれているらしい17世紀の出来事へと話を進めるあたりの論理には、なるほど理にかなっているとはこういうことか、とはっとさせられる。そして、かろうじて今回は水につかっただけで済んだらしい図書館の本をめくりながら、そうした出来事のたびにすべての記録が失われるこの土地について嘆くでもなく淡々と語る口調には、こういうひとたちによって過去と未来はつながれていくのだろうとの思いを強くする。

三浦哲哉がこの映画の佐藤さんについて、こう書いている。(→☆

「都会から遠くはなれた場所で、ふとこういう方と出くわすということがありうる。何から何まですべて一から自分の手で作り、始末し、どんな出来事が起きてもサヴァイブできる用意を整えてぬかりがない、独学の賢人というタイプの御仁である」

そういえばわたしも、山の中でそういう独学の賢人に会ったことがあったなと思い出した。あれは大学何年生のときだったか、車数台に分乗してのゼミの旅行で、たぶん長野県のどこかの家を訪ねた。たぶん総勢20人弱くらいがその家に泊まったのだから、田舎とはいえかなり大きな家だったはずだ。

むろん、驚くべきポイントはそこではない。指導教官がわざわざ東京から学生たちを引き連れて会いに訪れようと思ったくらいだから当然といえば当然かもしれないが、その家の当主の知性の巨大さと深さに、若かったわたしはおののいた。だだっ広い大広間で、具体的にどんな話を聞いたのかはすっかり忘れてしまったが、「こんな山の中にこんなすごいひとがいるのか」と驚いたこと(その驚き方の失礼さはとりあえず措くとして)と、その家の小さな天文台の望遠鏡でみんなでかわるがわる月を見たことは、いまでもときどき思い出す。

ただしこのゼミ旅行が忘れがたいものになったのは、帰り際に遭遇したある出来事のせいもある。猛烈な雨の中、時速120キロで中央道を走っていたわたしたちのヴァンが、走行中、不意に方向を変えて路肩に向かって突っ込んでいったのだ。車酔いでその日の昼食を食べなかったような気がするわたしは、そのとき助手席で甘栗を食っていた。あれ、高橋の野郎(運転手)、なんでこんなところで急にハンドルを切るんだろう、と思うや否や、車は路肩に乗り上げ、甘栗が袋から飛び出て床に散乱した。大学を出た年の7月、わたしは自動車教習所でハイドロプレーン現象というものを知り、あ、あんときのはこれか、と膝を打った。そして、教習所の教官というのはやはりそんなに感じのいいひとたちばかりではなかったけれども、理論と実践が同時進行していくシステムには、当時大いに刺激を受けた。家に帰ってその感想を両親に話すと「そんなのは社会では当たり前であるのだぞ」と一笑に付された。

佐藤さんにも、先に触れた英語や中国語の朗読からもわかるとおり、理論と実践、脳と身体とが、余分なものをはさまず直結して機能している感じがある(いや、もともと直結というか一体化しているものではあるけれど)。例の如くなにかを話しながら、食べ終わったマカダミア・ナッツのチョコレートの箱をゴミ箱に捨てようとして、ふと思いとどまる。そして次の瞬間には、ハサミとテープとを使って、その箱を材料に工作を始めている! こういう一瞬に立ち会うために、わたしたちは映画を見るのだ。三宅唱「ザ・コクピット」で見た、休憩しようと立ち上がりかけたOMSBが、Bimがなんの気なしに投げかけたひとことによってまた腰をおろし、作業を再開するあの場面。あそこにも通じる、大胆不敵で簡潔極まりないアクションがある。

映画の最後で、佐藤さんが外国語での執筆を始めた経緯が知らされる。英語版の手記からの引用と、その日本語訳とが、字幕で示されるのだ。勘のいいひとであれば途中でとっくに気付いていたような内容かもしれない。しかし、佐藤さんにただただ2時間楽しませてもらっていたわたしみたいなボンクラは、ここで不意打ちを喰らってしまう。そしてやはり上映後のトークによれば、驚くべきことに、本作の初期のヴァージョンでは、この字幕は映画の冒頭に置かれていたのだそうだ。となると、ネタバレって一体なんだろうという気分になる。

ただしそんなことは瑣末事に過ぎない。そもそもこの映画は、いま目の前で言葉を発している佐藤さんの来歴や背景についての情報を、ほとんど与えてくれていない。ただし物足りなさだとか不親切さだとかは、一切ない。言い方を変えれば、言葉を発する佐藤さんの声、身体、動きにすべてが詰まっている。いまこうしていろんなことを思い出しながら書いてみて、どうやって〆くくろうかと困ってしまう。まだまだ全然、見尽くせていない、語り尽くせていないのに。一体自分はこんな時間まで、どこをうろうろしていたのだろう。
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