Eat Much, Learn Slow (& Don't Ask Why)

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神様のシャッフル
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

A ひさしぶり。

B なにが。

A この、どこでもない空間における会話だよ。

B ああ。

A それはそうと、来て早々で悪いけど、ちょっとこれ聴いてみて。カーティス・メイフィールドの「イン・ユア・アームズ・アゲイン(シェイク・イット)」。(→☆

B いやーこれいいね。抑制されたエモーション……ボキャ天でいえば「シブ知」かな。

A たとえが古いよ! じゃあ今度はこっち。(→☆

B これ、同じじゃない? ほんの少し違う?

うん、最初のやつ、これを仮にZbI4cZzt7sQと呼ぶことにする。2番目のはvHohgaLDVX4ね。2度目のブラスが入ったすぐあとの、2分31秒あたりを聴き比べると、ZbI4cZzt7sQに入っている音が、vHohgaLDVX4には入ってない。

B も一回、聴かせてもらっていい? ……あ、ほんとだ。Windowsで、手前に画面が開いているのに、順番を無視して奥の画面を先に閉じようとして怒られるときの警告音みたいな。ポン、っていう音。

A これ、1976年の『ギヴ、ゲット、テイク&ハヴ』の曲だから、そもそも録音当時には存在していなかった音なんだけど、CDにするときに間違って混ざっちゃったのかな。

B あったよね、レベッカのLPに心霊の声が入ってる、みたいな。

A いつの話だよ! あと、それとはちょっと違うけど、坂本慎太郎の『できれば愛を』のタイトル曲の間奏のマリンバのフレーズが、iPhoneの着信音みたいに聞こえるって、誰か書いてた、あれ、安田謙一だったっけ。

B いま、っていうのは2018年9月7日のことだけど、アマゾン見たら、このアルバムの通常盤、50%オフになってるんだな。お買い得。……なんか、話が要領を得ないけど、ここからどういうふうに話題が展開されるのかな?

A あのアルバムが出たときはたしかにあれがiPhoneの着信音みたいに聞こえたんだけど、このあいだ聴き直してみたらそうは聞こえなかったんだよ。

B うん?

A ていうのは、濱口竜介の「寝ても覚めても」の、曲名あるのかないのか知らないけど、最初に流れる「麦のテーマ」、あれ、iPhoneの着信音っぽくない?

B 似てるっちゃあ、似てるかも。

A 最初の川べりのところで流れて、次に、すぐあと、国立国際美術館からエスカレーターで麦と朝子が外に出ていくところでも流れるでしょう。その、2度目のとき、すでに直前に耳にしていたのにもかかわらず、あ、客席の誰かがiPhoneの電源切り忘れたな、と、素で思ったからね。

B まだ話が要領を得ない。

A 中之島の国立国際美術館に行ったことはたぶん一度だけだけど、あの長いエスカレーターは忘れようがないっていうか、その連想で言うとぼくはいまでも、竹橋の東京国立近代美術館のあの、高さの違うフロアとフロアを斜めにつないでいた、空中を渡る階段とその機能を、懐かしく思い出すことがあるんだけどさ。

B どんな階段も、その機能は、たいていは高さの違うふたつのフロアを斜めにつなぐことだよ。ハマリューの新作について、言いたいのはそんなことなの?

A 今回のは「よくわからないほうのハマリュー」だったから、2回見たので、一応、感想はいくつかあるよ。高さの違うふたつ以上のものの頻出とか。東京に来てからの朝子がほんとに表情に乏しいなとか。東出君には荷が重すぎるというのは別にしても、麦と亮平は別の役者がやったほうがいいんじゃないか、とか。似てないものを似てると言い張ってなんとなくその気にさせるのが、映画なわけでしょう。

B 東野英治郎が石原裕次郎の父親役やってたりね。どういうDNAだよ。

A しかも、麦と亮平が、たいして似てなくて、もちろん、東出君が二役だってもともと知ってるから、あれだけど。それよりも、震災後の上野駅近くのロング・ショットで、呼び止められて立ち止まる東出君を早足で追い越して遠くに行ってしまった派手なマフラーの男が、その次の階段のところで、幽霊のようにまた現れるのが、限りなく編集ミスに近いというか、ドッペルゲンガーの主題に呼応してるっていうか。

B 似てないものを似てると言い張るってのは、「SUNNY 強い気持ち・強い愛」のことでしょ。広瀬すずが長じて篠原涼子になるもんかなあ。

A いや、それはいいんだよ。広瀬すずより篠原涼子のほうがかわいく見える瞬間があるって、すごくない? 余命短い板谷由夏が病室でダイナソーのTシャツ着てる謎設定にも、ぐっと来たし。あ、ダイナソーってダイナソーJr.ね。

B 知ってるよ! こんなツイートしてるひとがいたよね。「彼女のコギャル時代役の山本舞香は安室ちゃんやTRFをカラオケで歌ってオザケンで踊ってるけど、みんなに隠れてグランジやオルタナも聴いてたんだと納得させた。」(→☆

A カン・ヒョンチョルのオリジナルのほう、「サニー 永遠の仲間たち」もちょうど韓国文化院でやってたから見直したところなのさ。あそこ、旧作の上映だとガラ空きだけど、普通に見られる新しめのやつだと、混むね。大根仁のリメイクのほうがよかった部分も多少はあるし、そのままやってる箇所も多かったけど、なんでここを変えちゃうかなあ、みたいなストレスも少なくなかった。

B たとえば。

A たとえば、主人公が最初に母校を訪ねる場面。オリジナルだと、生徒たちに混じって歩いているところでカメラがぐるっとあたりを見渡してまた元の位置に戻ると、転校してきた日の自分が立ってるというのをワンカットで見せてるよね。大根仁はこれについてとくになにも思ってないのか、そこをコギャルのダンスにしちゃってる。昔ときどき見てたCinemaScapeってサイトで、「日本脱出」につけられていた、「★1 ギャーギャーうるさい。」っていうコメントを思い出した。(→☆

B CinemaScape、あったね、懐かしいね。それこそあれって、1990年代の半ば、コギャルが盛んだった時代のサイトじゃない?

A あーこらこら、歴史を改変しないように。あともうひとつ、職員室に入っていくのを機に、高校時代から現代に戻るでしょう。オリジナルだと、一緒のタイミングで職員室に入ってきた生徒の持ってるノートPCから、Windowsの終了音が聞こえる。そこで、聴覚的にも現代に引き戻されるわけだけど。いまだったら、現実に連れ戻される音として、iPhoneの着信音がいちばん適任なのになって思った。

B なんだったか、あの着信音をそういうふうに使ってたアメリカ映画、あった気がする。思い出せないけど。

A ともかく、「SUNNY 強い気持ち・強い愛」単体でどうこうと言いたいわけじゃなくてさ。「SUNNY」も「寝ても覚めても」も、お互い存在を気にもしてないだろうに、ほんとにたまたま、どちらも震災映画であり、そしてお好み焼き映画なんだよ。「SUNNY」のほうがお好み焼きがお好み焼きである必然性は強いし、さらにはこれは韓国版にはない、大根仁のオリジナルのアイディア。

B そんなこと言ったら、「コード・ブルー」もそうじゃなかった?

A なんかあったっけ。

B 「寝ても覚めても」の麦と亮平が鉢合わせする場面で、朝子が言う「なんでいまなん?」っていうセリフを聞いた瞬間、「コード・ブルー」で血まみれの花嫁が戻って来たときに浅利陽介が漏らす「なんでいま……」を思い出すでしょう、シネフィルなら、普通。

A それは忘れてたけど、「コード・ブルー」見たら、やっぱりちょっと濱口監督のこと、考えたよ。ぼくはTVシリーズ見てないから、最初のうちはガッキーかわいいなとだけ思って見てたんだけど、このひとたち、あいだは空いてるにせよ、実際の年月で10年間、この人間関係をやってるわけで、演出が無色透明であるとか、そういうのを抜きにしても、時間の積み重ねから有無を言わさず沁み出てくるもの、あるよ。ハマリューもなにか思うところ、あるんじゃないかな。見てないと思うけど。

B ガッキーかわいいしね。

A 馬場ふみかもかわいかったよ。まあそれはそれとして、「ハッピーアワー」で一瞬近づいたかもしれない月9のディレクターの座に、「寝ても覚めても」で遠ざかっちゃたのは残念だな。自分が日本映画の神様だったら、企画と監督をシャッフルしてみたい。「コード・ブルー」「SUNNY」「寝ても覚めても」を、ハマリューと大根仁と西浦正記があみだくじかなんかで、誰がどれを監督するか、決めるのさ。

B 西浦正記って誰。

A 「コード・ブルー」の監督。

B 「検察側の罪人」と原田眞人も、シャッフル企画に追加しようよ。

A いいね! ああそうそう、「検察側の罪人」と「コード・ブルー」見たらさ、なんだかんだで原田眞人、シネフィルがあれこれ言いたくなるような要素があるよなあって思った。

B とてもありえないと評判の、吉高由里子とニノの、事後の姿勢のこと?

A 吉高由里子かわいいよね。あの姿勢は、「ライ麦畑で出会ったら」でも出てきてた気がするから、まあいいんじゃない。うろ覚えだけど。まあそれはそれとして、リアリティ・ラインみたいなものって、あるわけじゃん、なんにしても。「検察側の罪人」はところどころおかしな部分あるにせよ、なんとなく全体としては、うん?まあいいか、みたいなあたりに無理くり押し込めることに成功している。「コード・ブルー」は、すでに時間による蓄積があるから、監督がその場でどうこうしなくても、このキャラならこういうときはこう動くよね、っていうのが、もうあのティーム内に、できてる。そのことが映画自体の広がりに枠をはめてしまう可能性も、もちろんあるけど……。

B もしかして「センセイ君主」の話、しようとしてる?

A いや、あれも面白かったけど、そうじゃなくて、城定秀夫の「恋の豚」の話。あ、待てよ、それこそ神様のシャッフルによって、城定秀夫が少女漫画原作ものを撮るような世界が実現したら楽しいだろうな。で、「恋の豚」、主演の百合華が文字通りブタなのにかわいくて、こんなにブタかわな女優を見たのはレニー・ゼルウィガー以来だと思って感動しちゃったんだけどね。で、その百合華の家になんとなく居ついてしまう守屋文雄、いかにも風来坊みたいなのに、実は金持ちの家の娘と結婚して一戸建てに住んでるっていう設定で、見ながら、「そーんなわけあるかい!」ってツッコミを入れたくなると同時に、これはこれでアリだ、とも思ってしまうよね。誰が言ってたか忘れたけど、ピンク映画にはときどき、ピンク映画の中でのみ存在を許容される男性キャラクターがいる、って。吉岡睦雄が演じてたりするようなね。ありえなさをチャラにしてしまうっていうか。

B 佐々木浩久が、「寝ても覚めても」をピンクでやれるんじゃないかって言ってたらしいじゃん。主人公がぶっとんだキャラで、女友達もふたりいるしって。

A 「恋の豚」見て思ったのは、シネマヴェーラでやってた特集のタイトル「愛の力学 “彼と彼女と彼” あるいは “彼女と彼と彼女”」のことなんだよね。考えてみたら、「寝ても覚めても」もそうだな。

B 「きみの鳥はうたえる」もじゃない?

A そうだよ、そうなんだよ。ほんとあの石橋静河なんてさ、どこに住んでるとかどういう出自とかまったく示されなくて、単にふたりの男のあいだを行き来するだけの記号みたいに見えてもおかしくないのに、ぜんぜんそういう感じ、しないもんね。もちろんほかのふたりも。

B えらく好意的じゃん。「密使と番人」のときはなにも言ってなかったのに。

A 「やくたたず」にせよ「プレイバック」にせよ、三宅唱の弱点って、もうただひたすら話の弱さ、だと思ってたからね。だから「ザ・コクピット」みたいな、わちゃわちゃしてるだけで成り立つ構造のものはいいとして、劇映画だったら他人にかっちりした脚本書いてもらうとかのほうがいいんじゃないかなーとは思ってた。今回は脚本は本人だけど原作もので、古典的な“彼と彼女と彼”でもあるからね、そこらへんのあれと、お得意のわちゃわちゃ感が奇跡のスパークを起こしたって感じ。とにかく3人の顔、全身、たたずまい、すばらしかった。「よくわかるほうの三宅唱」だった。染谷くんのぽっちゃりした腹回りも見れたし。

B あんまり、いかにもな函館らしさがない、みたいな感想を見た気がするけど。

A ラッキーピエロとかかな。いや、それはいいんじゃない。路面電車と、あと植物の様子で高緯度感は伝わってきてたし。あ、そうだ。

B なに。

A 「寝ても覚めても」の、東京と大阪の話ね。具体的な地名が出てなくて、最後だけ枚方市って電柱だかカーヴ・ミラーだかに書いてあった、あそこ。

B うん。

A もうどこかに情報が出てるかもだけど、あれ、枚方市じゃないんじゃないかな。淀川の支流の天野川ってのは実在する川ですが、その川沿いにはあの景色、ない気がする。あったらごめんね。地図見てたら、市内の別の川の近く、住所でいうと枚方市西牧野3-30-8あたりが雰囲気近いけど、ここも違うしなあ。まあどうでもいいかな。誰か知ってたら教えてよ。

B あれ、淀川って、桂川と同じ川なの? 京都の?

A そうだよ。常識じゃない? 同じ水の連続体が、場所の移動とともにシームレスに名前を変える変容の物語でしょ、川って。「方丈記」にも書いてあるじゃん。同じように、一度煮られたラタトゥイユは、冷めることによって味がしみて、カレー状のなにかに変わるんだよ。煮ても冷めても、みんなつながってんだよ。映画も。

B 妄想コーナーのはじまりですか。

A 違う、そうじゃない。たしか筒井康隆が言ってたことで、こういうのがあって。彼のオリジナルじゃなくて誰かの言葉を紹介してたのかもしれないけど。「作家はみんな、よってたかって巨大な1冊の本の別々のページを書いてるんだ」って。

B 映画もそうだというので?

A そう思ってるよ。もちろん本人たちはそんなつもりはないだろうけど、それでも、期せずしてシンクロが発生してしまうものだし、日本語映画という大きなひとつの総体、さらにいえば、「映画」。

B きみは以前からずっと、そういう問題について考え続けているよね。

A ぼくは、なにか「問題」について考えたことも、論じたことも、ないよ。個別の映画についてとか、いくつかの具体的な映画同士の距離とか関係とかつながりについてとか、そういうものごとについてしか、考えられないよ。たまたま、ほぼ毎日つかっている日本語については、日常的に、なにか思うことも多いし、感想が、あるよ。それだけだよ。

B 今年はビンダーにはなにも書かないので?

A 去年の号に書いた「遺書」(→☆)のとおりで、映画を見たり、ましてやそれについてなにか書いたりできる状態では、なくなっているからね。

B それでもまだ月に20本くらいは見てるじゃん。

A 違う、そうじゃない。日本語の問題を考える一環として、見ているだけ。でもね……。

B でも?

A 最近、こんなことがあった。ぼくよりいくつか年上のひとと話していて、日本の映画ってどうなんですか、と訊かれたのね。「いわゆるJポップについては、洋楽と比べてどうとか、思うじゃないですか。自分は映画にはあまり詳しくないけど、そのへんのところ、どうなんですか?」ってね。

B それで。

A ぼくは、その質問の意味するところが手に取るようにわかってしまった。だもんで、次の瞬間、ふだんのぼくのキャラクターとは正反対のイキリオタクみたいな状態へと変容して、こんなことを口走っていたんだ――

チバさん、よーくわかります。ぼくたちの若い頃は、日本映画なんて、そもそも見る気にならないようなものばかりだったじゃないですか。いまは違う、そうじゃないんです。ここ5年10年で空気が変わって、本当にいろいろなタイプの、面白い映画がいっぱい出てきています。もう昔じゃない。さっき名前を出した濱口竜介という監督は、これからの日本映画を背負って立つひとです。ぜひ、見てみてください。

ってね。そう言いながら、ぼくの両目からは、なぜか涙が流れていたんだ。

B 芝居がかってるなあ。
映画
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どこにいても
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

○収支に愕然とする(3年連続3度目)

5月の末にリトル・プレス「トラベシア」の第3号を発行して、2か月で手元の在庫がほぼゼロになりました。いい機会なので、経緯を振り返っておくことにします。創刊号のときにも同じような趣旨の記事を書きました(→☆)。2017年発行の第2号のときには書くつもりでいたものの、もろもろの事情で結局書きませんでした。

まずは簡単な収支決算から。

・支出:
各種ギャラ(原稿料、デザイナーとイラストレイターへの謝礼、発刊記念イヴェント出演者への出場料)、印刷費、できあがったものの発送費
→合計約32万2000円

・収入:
できあがったものを売ったぶん(手売り、お店への卸し、BOOTHなどを使った通販)
→合計約11万4000円

あらためて計算すると、やはり、愕然とします。ご存知の方はご存知の通り、わたしは昨年秋から無職であり、そう考えるとなんというか、ありえないです。

もうちょっと詳しく見てみましょう。まず、収入について。今回、300部つくって、定価が500円なので、原理的に、収入が最大15万円以上になることがないのは最初からわかっていました。有名人などへの宣伝目的での献本は一切おこなっていませんが、執筆者などにはもちろん無料で進呈します。お店へは7掛け(1冊350円)で卸しています。そう考えると、回収率としてはまあこんなもんかなと。ちなみに今回、お店に卸したぶんと、それ以外(手売り、BOOTHなどでの通販)のぶんの冊数の割合はほぼ半々でした。あ、そうそう、カンパの意味で多めに入金してくれたひとが複数人様いらっしゃいまして、本当にどうもありがとうございます。

次に支出について。具体的な金額の開示は避けますが、印刷費の割合が、高いです。創刊号以来ずっと、同じ印刷所にほぼ同じ仕様(紙、印刷方法)で頼んでいますが、昨年リリースした第2号のときの印刷費と比べて、明らかに割高になっている気がします。原稿料をはじめとした各方面への謝礼の額は、わたしが考える最低レヴェルでして、いくらなんでも現状の2倍くらいお支払いしたいと思ってはいるものの、この収支状況だと、難しいです。

○じゃあどうすればいいか(金の話)

じゃあどうすればいいかって話で、誰でも思いつくのは定価をもう少しどうにかしたらどうかということでしょう。たぶん、定価を1000円か1200円にして、それでもって完売すれば、経費が回収できるか、それに近いところまで、いきます。ただし定価を上げると当然、売り上げ冊数は減りますし、買ってくれたひとも内心「高いな……」と不快に思うに違いないので、それは避けたい。もっとも、現在の価格設定でも、内容やその他の好みが合わずに、高ぇよ、と感じている方はいらっしゃるでしょうけど、さすがにそれに対してなにか(反論や説得)言おうとは思いません。常識で判断してよ。

あるいは、部数を増やす(たくさん印刷する)と1冊あたりの原価は下がるので、たとえば1000部つくって、それを全部売ることができれば、収支はだいぶ改善します。潜在的にはそれくらいの需要はあると思っているのですが、いままで売ってきた手ごたえからすると、すぐにその段階に達するのは難しそう。

あとは臨時収入というか、付帯的な収入があると嬉しいですね。たとえば発刊記念のイヴェントに出て、ギャラをもらうとか。自分でやった「渋谷並木座」(→☆)は、準備にいろいろお金がかかって、儲かる類のものではないです(儲けるつもりもない)。なので、たとえばどこかの本屋さんで、何人かのリトル・プレス発行者が集まって内情を話すトークをする有料イヴェントとかすると、面白いと思います(司会もわたしができますよ)。ギャラの発生する原稿依頼なども含めて、随時オファー受付中です。

収入を増やせればよし、増やせなければ、支出を減らすしかない。事実上、削れるところは印刷費のみで、これについては今後、真剣に考えざるをえないと思っています。ただし、安い印刷所にするとクウォリティが下がるのではとの懸念は当然あり、このへんはおいおい調べます。

そうだ、これだけは言っておかなくちゃ。もし自分でリトル・プレスを始めようと考えているひとがいて、20万赤字になるのかーとがっくりして思いとどまろうとしているとしたら、思いとどまらないでください。同じような規模でやるとしても、収支トントンにする方法はいくらでもあるはずですし、また、赤字10万出たとして、たとえば自分だけでつくるのでなくて3人とかでティームを組んで均等割りすれば、ひとり3万ちょっと。それで、事前の相談から発行まで何か月も楽しめると思えば、遊びにかかる金としてはもう、タダみたいなもんでしょう。いますぐ始めてください。

○漠然としすぎている

行きがかり上、金の話から始まってしまいましたが、内容について。今回で3冊目なのでつくりかたの流れやコツみたいなものはつかめてきたものの、やはり不測の事態やコントロール不能な出来事は起きてしまうもので、案外スムースにはいきませんでした。それらの(すべてとはいいませんが)多くは、わたしの慢心と油断と無神経とが招いたものなので、反省しています。

それはそれとして、そうしたあれこれは最終的な完成品には一切悪影響を与えてはおらず、仕上がりについては大変満足しています。執筆者のみなさん、インタヴューや対談に登場してくださったみなさん、いつもすばらしいイラストを描いてくださる畑中宇惟さん、細かいところまで気を配ってくれるデザイナーの村松道代さん。どうもありがとうございます。感謝。

創刊の時点から、いわゆる一般的な知名度のあるひとと、得体の知れないひととを混在させて、たいして役にも立たない、ただ日本語であるだけの文章を書いてもらいたい、と考えてきて、少しずつ試してきました。ひとまず今回、ほぼ完全に狙いを達成できました(参加をお願いしたけれども諸事情で受けていただけなかったひとが複数いましたが)。

さきほど書いたように、「生産性」のないこういう雑誌を面白がって、喜んで買ってくれる貴族趣味のひとはいろいろな場所に少しずつ、もっともっと、トータルするとかなりの数、いらっしゃるはずなのですが、と同時に、得体の知れないものに金を払ってもらうことの難しさを、痛感してもいます。そもそも、少し考えればわかるとおり、世の中には、「おかあさん」などといった漠然としたテーマで検索してリトル・プレスを探す人間は、たぶん、いない。

本屋を回ったりネットを見たりしていると、リトル・プレスや個人の出版物の中にも、ぱっと見て「ああなるほど、これは売れそうだな」と感じられるものは、あります。買ってはいないので名前を出すのは控えますが、それらの多くはコンセプトが明確で、すぐに意図が見て取れるもの。そうしたものが実際にどれくらいの部数売れているのかは存じ上げませんが、内容の面白さではこちらも負けていないと思っています。

○じゃあどうすればいいか(ふたたび)

ふたたび、じゃあどうすればいいかって話で、テーマを少々せばめて、漠然じゃなくすればよいのかもですが、わたし自身がそういう方針でなにかをつくったときにできあがるもののイメージは、より深まった精緻な議論が展開される雑誌になるというよりか、「大喜利」「あるある」になってしまうのではないかとの危惧です。わたしには、いかなる意味においても「ユリイカ」はつくれません(「ユリイカ」において常に深く精緻な議論が展開されているという意味では必ずしも、ない。単なるたとえです)。

漠然とした状態のままで、いまよりもたくさん売る方法はないか。工業や商業の世界の話はわかりませんが、文化と経済の交差点あたりに立ってあたりを見回してみると、「人間(の名前)」が、いまだに、いちばん、理不尽なまでに利ざやがよい、濡れ手で粟の資本のようですから、発行人(わたし)が有名になるのがいちばんの近道なのでしょう。たとえば「トラベシア」が、中身はまったく同じで、「責任編集 糸井重里」ってなってたら、一瞬で10倍くらい売れるのは間違いありません。

わたしに関してはそれは望み薄なので、だとするとあとは、継続することによって少しずつ信頼されていくとか。いままでに出た号をお読みになったみなさんは、だいたいこんな感じの雑誌か、とおわかりになったと思うので、次号の案内を見かけたとき、あ、誰それと誰それがまた書いてるのか、だったら買ってみようかな、と思うかもしれない。思ってほしい。いや、きっと思うに違いない。ということを繰り返していくと、裾野が少しずつ広がって、10号目くらいで(2025年/わたしが52歳の頃?)、1000部くらいは発行できるようになるのではないか。

○イースト・ヴィレッジにおける啓示

しかし、当初の構想では、とりあえず3号をもって終刊にする見込みが濃厚でした。5月の連休明け、あらかた集まった原稿類に手ごたえを感じつつ、ゲラなどのやりとりをしつつ、未提出者に催促をしつつ、その時点ではもう、だいたいこの程度のものができるなということはわかっていて、そして経費もおおまかな見当はついていますから、ということはつまり、全部売ってもかなりの赤字になることも、わかっている。

こづかい稼ぎにはならなかったけど、発行を機に新しいつきあいもできたし、もともと知っていたひとたちの知らなかった側面を見ることができたし、いくつかの本屋さんから声をかけてもらったりこちらから押し掛けたり、読んでくれたひとから感想をもらうのは楽しいし、金がかかりすぎる以外は嫌なことはひとつもないんだけど、でもまあ、潮時かな。次やっても、やらなくても、そんな変わんないし。なるほど3号雑誌とはこういうことか。

ところでその時分、わたしはたまたまニューヨークにいて、昼間はそのへんをうろうろして、夜になるとブルックリンの安宿の地下の部屋に戻ってきてはスマートフォンを使って、やりづらさに難儀しながら日本とゲラのやりとりをしていました(帰ってからでないとどうにもならないことがあるかも、と危惧していたけど、結局、なんとかなった)。

そんなある日、イースト・ヴィレッジのA1レコーズでコルティーホ・イ・ス・コンボのLPを買って、次の目的地であるグッド・レコーズNYCに向けて歩いている途中の道すがら、ふと、あ、もう1回はできるな。やれるんじゃないか。出したい。来年またつくろう。いままでとは少しちがった方法と顔ぶれで。と、ごく自然に、思ったのです。

○どこにいても

ニューヨーク訪問は複合的な理由によるものでしたが、着いた次の日の朝いちばんで行ったのが、ブルックリンのマウント・ジュダ墓地。「渋谷並木座」で上映した映画「The Sweetest Sound」の監督、アラン・ベルリナーの一家の墓参りです。ご覧になった方はおわかりのとおり、映画にも出てきています。映画の撮影の年だか翌年だかに監督のあのお父さんも亡くなっていて、ここに埋葬されています。ユダヤ人墓地らしく、なんとかマン、なんとかバーグという苗字がやたらと目立っていて、また、墓碑に彫られているのも英語はもちろん、ロシア語、ヘブライ語と、マルチリンガルな環境でした。ちょっと迷った末、日本でそうしているように、普通に手を合わせてきました。

その翌日は911メモリアルのモニュメントと、自由の女神、そしてエリス島の移民博物館。911の記念館があるのは知っていて、そこを見ちゃうと時間と金がかかるのでとくに予定に入れてませんでしたが、自由の女神に渡るフェリーの時間まで余裕があったので手前で地下鉄を下りて、とりあえず昔なにかのビルがあったらしい場所まで行ってみたところ、普通に犠牲者の名前が刻まれたモニュメントがあり、近づいてその名前に触れることが推奨されている。もちろんすべてを読むのには膨大な時間がかかるので、ほんの一部を眺めただけですが、当たり前だけどさまざまな民族に由来するっぽい名前が並んでいる。これもまたご覧になった方はおわかりのとおり、「The Sweetest Sound」は人間の名前にまつわる映画なので、この時点ですでにわたしは泣いています。

そして自由の女神と移民博物館。おすすめ。一度は行っておいていいと思います。とくに移民博物館、これは移民についての博物館ですが、合衆国建国以前から21世紀の現代まで、時代に応じてさまざまにその意味するところを変化させながら、常に国の力の大きな源泉であり続けている移民を考えることとは、すなわちアメリカを考える行為そのもの。そのための材料を満載した巨大で行き届いた施設が、ほかならぬこの島に存在している事実に、感極まらざるをえません。またしてもご覧になった方はおわかりのとおり、「The Sweetest Sound」はアメリカに移民してきたユダヤ人についての映画でもあるので、そんなあれやこれやもあって、終始半泣き状態で見て回りました。

ちなみに日本でも、横浜に海外移住資料館(→☆)というのがあって、こっちは日本人がどうやって・どんなところに出ていったかについて知ることができる施設。無料でエモくなれるので、近くに行った際にはぜひ寄ってみてください。

さて、そんな911メモリアル〜自由の女神〜エリス島、と回った翌日に雷鳴のようにわたしを直撃したのが、上に書いた、もう1回はできるんじゃないか、の啓示でして、陳腐な話で甚だ恐縮ですが、ニューヨークで、わたしの脳の日本語を扱う部分になにかいつもとは異なった刺激が与えられたのかもしれない。結局、どこにいてなにをしていても、日本語でなにかを考えているらしくて、少なくとももう1年は、それを続けることになりそうです。

○第2号「労働」の宣伝

ところで、上のほうで、昨年リリースした第2号「労働」(→☆)のときには、編集や発行のあれこれのまとめ記事をもろもろの事情で書かなかった、と書きました。正確には、そんなたいそうなアレではなくて、単にまだたくさん売れ残ってしまっているので、いつ気持ちの区切りをつけたらいいかわからなかっただけの話です。

売れ残った理由を考えてみると、

・部数をたくさん作り過ぎた(創刊号250部→第2号400部)
・定価を上げてしまった(創刊号500円→第2号800円)

このふたつに尽きます。定価が変更になったのは、創刊号はもともとサーヴィス価格で安めにしていたのと、第2号ではページ数が増えたからなのですが、それでも創刊号が好評だったからこれで充分行けるだろう、と調子に乗ったが故の判断ミスです。すべてわたしの油断と慢心によるものです。

内容に関してはこちらも、創刊号、第3号と同じくらい面白い、と自負しております。買うことをおすすめします。まだ一部店舗では店頭に置いていただいていますが、通販だとより確実です。BOOTH(→☆)だとコンヴィニ払い、クレジットカード払い、ペイパル払い、などができます。わたしの口座(三菱UFJ、みずほ)への直接振り込みや、アマゾンギフト券でのお支払いをご希望の場合は、suzukinamiki@rock.sannet.ne.jpまでメールください。1冊あたり800円+送料は何冊でも180円です。よろしくどうぞ。

雑記
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普通に読める日本語の雑誌「トラベシア」第3号発行のお知らせ
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

通販の受付は終了いたしました。どうもありがとうございました。実店舗、および実店舗のWebショップではまだ在庫があるところもあるかと思いますので、そちらでお求めください。(取扱店の一覧は下のほうに載ってます)

普通に読める日本語の雑誌|トラベシア|Vol.3|おかあさん

2018年06月01日発行|300部
A5判|横書き|82ページ
500円

インタビュー|田村レオナ ハイヒールでキッチンへ
(聞き手:鈴木並木/写真:村松道代)
インタビュー|森山公子 おかあさんになるまで、それから
(聞き手・まんが:豆田妙子/構成:鈴木並木)

母親を巡る対談|脇山和美×ジョー長岡

いしあいひでひこ|Mother、近く、遠く
太田ユリ|スワンボート
木村有理子|ミイラ盗り
草野なつか|男嫌い
くみ太|帰宅すると母みや子が〜
小西康陽|初期のサザエさん
コバヤシユカ|美人コンプレックス
佐藤柿杵|夜空も星もないうちに
田口真希|金曜の夜と女たち
直枝政広|我儘に食べる
中野さやか|オキナの話
波|おかあさんとパートタイム・ラヴァー
深堀骨|臍の緒
牧野大輔|お母さんは心配症
マルナカ|フジタモリ
三木直人|そして母は別人になる ――『ジュリエッタ』の〈二人一役〉
ムチコ|南部坂
若木康輔|お母さん、いい加減あなたの説教は忘れてしまいたい
鷲谷花|おかあさん、おはなしして

イラスト・ロゴ原案|畑中宇惟
デザイン|村松道代
編集・発行|鈴木並木

◇面白くなってきました|鈴木並木

Vol.1「顔」、Vol.2「労働」に続く「トラベシア」Vol.3、今号は見てのとおりの「おかあさん」尽くしです。インタヴュー2本、対談1本、原稿19篇の中に、実在/非実在、やさしい/きびしい、存命/故人、などなど、さまざまなおかあさんが登場。ひとの形をしていないおかあさん(?)も、ちらほら出てきます。

「さあ、いよいよ面白くなってきました」。スポーツ中継の解説者の口調で、そう申し上げたい。いままでの号も全力投球、そのときどきで出せるものを出し切ってきましたが、3年目にしてようやく、編集という作業の醍醐味を知った思いです。若干の不測の事態も、「007/ダイ・アナザー・デイ」の冒頭のサーフィンの気分で乗り切りました(微妙に時事ネタ)。プロの編集者の方々からすれば「ふざけるな」という話かもしれませんが、こっちも無職の身で貴重な貯金を切り崩して遊んでいるわけなので、もしそう言われたら「ふざけ続けるよ!」と返すしかない。

もちろん、わたしひとりだけが面白がるために作ったわけではありません。いままで一度でもおかあさんのおなかの中にいたことがあって、なおかつ普通に読める日本語を普通に読める方なら、マザコン・ボーイからフェミニズム学徒のみなさままで、わけへだてなく、幅広く楽しんでいただけるはず。どしどしお買い求めください。

◇購入方法
○通販(本人)
日本国内の場合、5冊くらいまでは何冊でも、送料一律180円です。それ以上は別途計算。国外は送料実費で対応します。ご住所、お名前、冊数、ご希望のお支払い方法、好きな食べ物(任意)を、メール(suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp)またはツイッターのDM(@out_to_lunch)でお知らせください。折り返し、手続きについてご案内します。 →本人からの通販の受付は終了しました。ありがとうございました。

支払い方法は下記からお選びください。前払いでお願いします。送料込みの合計振込額は、1冊→680円、2冊→1180円、3冊→1680円、です。

・三菱UFJ銀行口座への振込み
・みずほ銀行口座への振込み
・Amazonギフト券(メールタイプ)←Amazonのアカウントお持ちでしたら、手数料かからず支払いできます。三菱UFJ、みずほ以外をご使用の方は、これが便利だと思います。受取人を「suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp」と指定してください。

わたしの銀行の口座は昨年から変わっておりません。ご存知の方は、わたしからの連絡を待たずにさっさと振り込んでいただいても大丈夫です。

あと、これはむろん強制ではないので読み飛ばしてくださってぜんぜんかまわないんですけど、既定の額よりいくらか多めに振り込むことによって、応援する気持ちを示すことが可能です。

○通販(サイト)
クレジットカードやコンヴィニ払いなどで購入したい場合は、BOOTHをご利用ください。知らないひとにメールなどを送ったりするのが生々しくて抵抗があるとか、面倒、という方も。結局わたしが家から発送するので同じことですが。「トラベシア」のブースはこちら→☆

○まとめ買い割引 Sale!!
Vol.2「労働」とVol.3「おかあさん」を合わせて2冊以上お買い求めいただくと、送料無料となります。「労働」1冊と「おかあさん」2冊、とかでもOK。ただしこの割引の趣旨は「労働」の在庫を処理することですので、「おかあさん」だけ複数冊お求めの場合は適用されません。普通に考えてご理解ください。

BOOTHでは、「労働」と「おかあさん」各1冊ずつのセットのみ販売いたします。それ以外の組み合わせをご希望の方は、わたしまで直接ご連絡ください。

○実店舗での購入 Tempo!!
納品済みの店舗の一覧です。随時更新されます。売り切れたりしている場合もあろうかと思いますので、在庫状況は各店にお問い合わせください。ただし開店直後や閉店間際に電話するのは迷惑ですので気をつかいましょう。(6/21現在の情報)
△→Vol.1もまだ売ってるお店
▲→Vol.2もまだ売ってるお店

・東京
往来座(南池袋)▲
ディスクユニオンの一部店舗(新宿中古館・ブックユニオン新宿/御茶ノ水JazzTOKYO/北浦和店←ここだけ埼玉)
本屋B&B(下北沢)
Title(荻窪)▲
忘日舎(西荻窪)
タコシェ(中野)▲
古書ほうろう(千駄木)
古本と肴 マーブル(東陽町)
H.A.Bookstore(蔵前)
古書ますく堂(西池袋)

・それ以外
BOOKNERD(盛岡市)
PEOPLE BOOKSTORE(茨城・つくば市)▲
恵文社一乗寺店(京都市)
blackbird books(大阪・豊中市)
Calo Bookshop & Cafe(大阪市・肥後橋)▲
1003(神戸市)△
451ブックス(岡山・玉野市)
蟲文庫(岡山・倉敷市)▲

◇取り扱い希望のお店のみなさまへ Notice!!
「トラベシア」は取次などを通さない完全独立出版物となります。ありがたくも取り扱いご希望の場合は、suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp までご連絡をお願いします。基本的には7掛けでの買い切りでお願いしております。送料当方負担、もしくは直接搬入で納品します。なお、いわゆる書店様以外での取り扱いも大歓迎です。こちらの意表を突くような業種のお店からのご連絡も、お待ちしております。ご検討用の、内容サンプルもご用意しています。お気軽にお問い合わせください。

◇リリース記念イヴェント Event!!
【終了しました】2018年06月03日(日)11時30分から、渋谷・ラストワルツにて開催。詳細はこちら→☆

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おかあさんのアクション
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

なぜピカソなのか、となんとなくずっと思っていた。成瀬巳喜男監督の映画「おかあさん」(1952)で、パン屋の息子の岡田英次が、香川京子とのデートのためにいそいそと焼いて持って行く、異様な風体の「ピカソパン」。(岡田の期待に反して)香川にくっついてきてしまった子供たちふたりがまず、巨大なシメジの塊のようなその形を見て、「パンのお化け!」「グロパンねえ」と素朴な感想を漏らすのに対して、香川京子は目をウルウルさせながら同じ物体を見つめ、「芸術的ねえ」と嘆息する(fig.1)。岡田は「分かる? 中にクリームと蜜とジャムとソーセージとカレーがだんだんに出てくる仕掛けなんだよ」と解説を加えるのだけど、味のことはひとまずどうでもよろしい。

ピカソパンが、原作(全国児童綴方集=子供の作文集)に出てくるのか、脚本の水木洋子が創作したものなのかは確認していない。近所の図書館には原作本が所蔵されておらず、電車に乗って国立国会図書館まで行く必要がありそうだからだ。しかし、逆方向に向かう電車に乗ったら、ひょんなところでヒント(?)が得られた。

2016年の年末。埼玉県立近代美術館に企画展「日本におけるキュビスム−ピカソ・インパクト」(*1)を見に行ったら、1951年に東京と大阪でピカソ展が開催され、洋画界にとどまらず広く日本の美術全般に衝撃を与えた、と壁に書いてあった(壁に直接ではない)。ところによっては激しい混乱に近いものがもたらされたことは、たとえば、誰がどう見ても「ゲルニカ」を思い出さざるを得ない山本敬輔の「ヒロシマ」(*2)を見れば一目瞭然。もっとも、この絵が描かれたのは1948年だから、ピカソ展のインパクトの例として引き合いに出すのは正しくないのだが、まあいいや。

ところでキュビスムと日本映画といってまず誰もが思い出すのが、マルセル・デュシャン「階段を降りる裸体 No.2」(1912)(fig.2)が、もしかしたら加藤泰「みな殺しの霊歌」の独特の残像表現になんらかのヒントを与えているかもしれない、というまぎれもない事実だろう。デュシャンがここで試みたのは、時間の経過を平面に固定することだった。おそらく、当時の新興メディアであった映画に触れたときの、「このままじゃ絵画の未来ヤベェ」という焦りも大いにあってのはず。

さらにさかのぼると、デュシャンが参照元としているのはエドワード・マイブリッジの「階段を降りる女性」(*3)。これをいかにも成瀬的なタイトルだと指摘したら、あるいは牽強付会だと嘲笑されるのかもしれない。とはいうものの、連想能力に乏しいそのような読者は、これ以上この文章を読み続けても得るものはなにひとつない。それどころか、2018年現在「階段を降りる裸体 No.2」を収蔵・展示している美術館へと通じる階段は、それ自体がかなりの知名度を持っていることで知られている。「岩だらけの階段」(*4)という名前からして、デュシャン作品の岩石的な質感との象徴的結びつきを強く感じさせるはずだ。

話を戻そう。「おかあさん」でおこなわれているのは、立体物を平面(厳密には違うが)のカンヴァスへと落とし込もうとするデュシャンやピカソの苦闘の歴史を、立体物として再構成し、それを同じく立体物である俳優に持たせ、立体型のキャメラで撮影して、平面の(厳密には違うが)スクリーンへと戻し映す作業だ。こうして書くと、ごく当たり前の映像を生み出すためになんと複雑な過程が踏まれていることか、と感嘆したくなるかもしれないが、それはわざわざ回りくどく書いているからそう思うのであろうだけであって、要は、ピカソ・インパクトが成瀬巳喜男の映画にも及んでいたのではないか、と言いたかっただけだ。

成瀬巳喜男の映画で、本筋とは関係なく唐突に出てくる時事ネタと言えば、ほかには遺作「乱れ雲」(1967)で言及されるケロヨン(司葉子が子供相手に「バハハーイ」と真似をする)が思い出される。1966年11月から日本テレビ系列で放送が開始された「木馬座アワー」内のコーナー「カエルのぼうけん」のキャラクターであるケロヨンは、ビートルズに先駆けて日本武道館公演も敢行した人気者だった。

ほかには、「晩菊」(1954)での望月優子のモンロー・ウォーク(fig.3)……は一応、話に関係ある部分として除外するとしても、成瀬はキャリアの初期においてすでに、明治製菓とのタイアップ映画とも伝えられる「チョコレートガール」(1932)を撮っている。彼にとって、時事風俗ネタはなじみ深いものだったろう。たしか高峰秀子だったかが、不要と感じた台詞をどんどん脚本から削っていく成瀬の仕事ぶりについて書いていたが、そうした過程を経てもなお残ったのが、ピカソパンやケロヨンだったのだ。少なくとも嫌いではなかったはずだ。

いや、むしろ、必要としていた、と言ったほうがいいか。いわずもがなの説明やぼやぼやしたやりとりには線を引いて消し、観客に受けるであろう時事ネタは生かす。その態度からは、最小限の労力で最大限の効果を上げようとする、省エネ型アクション映画作家の姿が見て取れる。

メロドラマの巨匠。女性映画の名手。庶民の生活を活写。などといったおなじみの形容と比べると、成瀬をアクション映画作家と呼ぶのは、やや奇異に響くかもしれないが、この表現は別にわたしの発明ではない。平能哲也は『成瀬巳喜男を観る』で、次のように書いている。

「人物の動きの多さと振り返りのポジション」+「目線の芸」こそが、成瀬映画をアクション映画としている二大要素である。

成瀬映画とは「静かな映画」ではない。真の意味での「アクション映画」、映画の根源的な意味での「モーション・ピクチャー」なのだ。


周知のとおり、成瀬の映画には銃撃戦もカー・チェイスも(たぶんほとんど)ない。そのかわり、自分では持っていたくないなにか(火のついた爆弾とか)を一刻も早く近場の誰かに押し付けようとするようなスリリングな視線のやり取り(*5)や、軽快な人物の出入りがある。チャンバラによってではなく、フィルムの切った貼ったでアクションが生み出されるのだ。

「おかあさん」は、「流れる」や「妻の心」と並んで、成瀬のアクション映画のうちでも最上位に位置するもののひとつだろう。「妻の心」のグルーヴを特徴付ける目まぐるしいほどの人物の出入りは、井手俊郎による脚本の段階で指定されていることが確認できるが(*6)、「おかあさん」のアクションは、ひたすら無駄を省いた編集(笠間秀敏)によってもたらされている(*7)。98分という長さはほかの成瀬作品と比べて長くも短くもないし、目新しいことが起こるでもないのに、一度見始めるともう目が離せない。

もちろん、いわゆるショッキングな描写などといったものは周到に避けられているが、観客の注意を惹きつける、ちょっとしたいたずらのような演出がある。家の前の道が天地逆に映されるショットは、子供の「股のぞき」の視点によるものだ。また、中盤、登場人物たちが劇中で見に行った映画の画面として、スクリーンに唐突に「終」の文字が出現する。こうしたサーヴィス精神は、本作のチーフ助監督を務めた石井輝男や、東宝では岡本喜八に、受け継がれているだろう(*8)。

「おかあさん」の主な舞台となっているのは、おかあさん=田中絹代が切り盛りする家で、映画が始まってすぐ、この家は一家で経営するクリーニング屋の店舗と作業場も兼ねることになる。田中はほぼ家から出ることはなく、そのかわりに、さまざまな人間がこの家を通過していく。

クリーニング屋の顧客や親戚といった一時的な来客。死んで家を出ていく夫(三島雅夫)。一度は療養所に入ったが脱走して戻ってきて、死んで再び家を出ていく長男(片山明彦)。店を手伝いに来て、田中に仕事を仕込んでは去っていく「捕虜のおじさん」(加東大介)。田中の妹の中北千枝子は、母子ふたりでは生活が立ちいかないので息子を田中の家に預けている。夫=息子の父親がいないのは、満州で死んだからだ。田中の次女は親戚の家にもらわれていく。その家の息子は戦争で死んだからだ。語り手である田中の長女=香川京子は、遠からぬうちに岡田英次と結婚して家を出ていくだろう。岡田の兄は戦争に行ったきり戻ってきておらず、母(本間文子)は息子の写真の上にコインを糸で吊るして毎日生死を占っている。人手が失われる日に備えて、クリーニング屋はすでに住み込みの小僧を迎え入れている。

物理的な死体そのものはただの一度も画面に登場することはないが(*9)、「おかあさん」は、ちょっとした犯罪映画にひけをとらないほどの数の死者たちを乗り越えながら進行していく。終盤、おばの中北が参加する美容師のコンテストのモデルとして、香川が花嫁衣裳を身につけ、髪を島田に結い、たまたま店に来た岡田に向かってぺろっと舌を出す(かわいい)。その着替えがおこなわれているのは、彼女の父と兄が死にに帰ってきて、まさにそこで死んだ部屋だ。ここを経由せずには、誰も家の外に出ていくことはできない。

どんな家であれ、ひとがひとり減るのは一大事だが、それでも、足りなくなったところはなんだかんだで埋まってしまう。どうにかなってしまうのだし、どうにかしないとならない。三島雅夫の死んだ日、手伝いに集まった女たち(本間文子、中北千枝子、沢村貞子)は炊事の支度をしながら、次のような会話をかわす。

本間 おたくは?
中北 戦死ですの。
本間 うちの長男も、通知はあったんですけどね。
沢村 うちの主人ったら、焼け死んだんですよ。銀行の宿直室で。残された者のほうが往生しますよ、ねえ、お互いに。
本間 ほんとですよねえ。
中北 カンピョウ足りますかしら。
沢村 足りさしちゃいましょうよ。

この短いシーンで、3人はぼーっと突っ立っていたりただ座っていたりするわけではなく、常に手作業を続けている。うしろには中北の息子が立っていて、ペロペロ・キャンディを絶え間なく舐めている。ホーム・ドラマならぬホーム・アクションと呼びたいこの場面につながっていてもおかしくなさそうな気軽な口調で、隣に座っていたおかあさんが「おとうさんの葬式の予約してきたから」と言った。文脈から察するに「おとうさん」とは、クリーニング屋の店主の三島雅夫ではなくて、ボルネオかどこかで病気になって帰ってきたおかげでそこでは戦死せずそれから数十年生き続けた彼女の父親(すでに何年も死んだままの状態であり続けている)でもなく、わたしのおとうさん(1946〜2018?)のことであるらしかった。おとうさんは3年くらい前に余命半年と言われて、それからまだ、一見したところは元気に生き続けているのだが、しかし、わたしとおかあさんがふたりで出かけているあいだになにが起きるのかわからない、だから万が一の際の処置はわたしの弟に頼み、葬儀についても事前に話をつけておいた、のだそうだ(*10)。

予約の話が出たのは、今年の1月、成田空港の搭乗ゲート近くで機内への案内が始まるのを待っているときだった。それから6日間、わたしとおかあさんは、おおむね数メートル以内の距離を保ったまま、お互いのふだんの居所からは10000kmほど隔たったあたりを移動し続けた。都市のそぞろ歩きやブランド品などには興味がないおかあさんの、雄大な自然を見てみたい、との希望を最大限に取り入れた結果、あろうことか、旅程にはレコード屋のレの字も含まれないことになった(*11)。すべての場所は一度しか通過しなかったし、今後、わたしとおかあさんのいずれかあるいは両方が、そのいずれの場所をも再訪する可能性はきわめて低いはずだ。

移動中、わたしとおかあさんはさまざまな場所で話をした。窓の外にはバイソンの群れが併走するグレイハウンドの車内で。大統領の4つの顔が間近に迫る、山のカフェテリアで。モニュメント・ヴァレーのホテルの、鯨のように巨大なトゥイン・ルームで。アサイヤスの映画に出てきたような、竜の舌の形の雲が伸びる湖畔で(fig.4)。

おかあさんの話した内容のいくつか。中学や高校の同級生とはいまでも定期的に女子会をおこなっていて、60代のころは年金もらえるかとかの話題だったのが、いまでは自身の病気や夫の死のことになった、だとか。若い頃、とんかつ屋の看板娘だったり看護婦だったりした思い出。一時期はギャングの情婦で、ピストルを撃ったこともあると言っていた。そのくせ、ホテルのロビーにあったラフティングのパンフレットを見て、スピード出るものはダメ、怖い、などと弱気な口を利くおかあさん。出征する家族が行進していくのを小走りでえんえんと追いかけて、無事を祈って手を合わせたらあとで怒られた、昔の話。

夜。電気の消えたホテルの部屋で話しかけたら、やけにふがふがした頼りない口調で返事してくるので、まだ睡眠薬をのみ続けているのかと訊ねたら、いやこれは違う、寝ているとき口呼吸にならないようにテープで口をふさいでいるのだ、とふがふがと答えた。昔は70歳を過ぎて歯が丈夫だと、まだそんなに旨いものが食いたいのか意地汚い、などと中傷されたから、その歳になると自分の歯をそのへんのごつごつした質感の岩石に打ち付けて砕き、口調がふがふがになるようにしたものだ、とか。

旅行中のある日、わたしはおかあさんに「沢島忠が死んだよ」と言った。言いながら、ちょうど10年前のやはり1月のある日、日光街道沿いのステーキ宮で向かい合ってごはんを食べていたときのことを思い出していた。10年前のその日、最近はどんな映画を見ているのか、と問われ、まさにフィルムセンターでマキノ雅弘の生誕100周年の特集が開かれている時期だったのでその話をした。それは時代劇? うん。

それに続いておかあさんが、なんの気なしに「沢島忠が好きだったねえ」と言った瞬間が、いまでも忘れられない。誰それさんの結髪が好きで、きれいな結髪を目当てに映画館に通っていた、とも。そういえばおかあさんが、高校の頃に映画同好会みたいなものに所属していた話は聞いた気がする(*12)。わたしは10年間くらい、いろんなひとにいろんな映画の見方について話してもらう(自分ではなにもしない)イヴェントをしていたから、画面内外のどこに注目するかがひとによってまったく違うことを多少は承知している。それにしても、結髪のスタッフ名に着目しているひとがいるとは想像もしなかった。

2008年当時と2018年の現在とでは、日本映画に対するわたしの態度はまったく違っていて、当時は沢島忠の話ならいつまででもできそうな勢いだったから、おかあさん、そういうことは少なくとも20年前に息子に仕込んでおいてくれよ、と思いながらいろいろ話をした。細かい内容は忘れてしまったけど。

おかあさんの若い頃の好みは東映の時代劇で、成瀬巳喜男の映画は見たことがないと言っていた。そこで何年か前、おかあさんが上京した際、ちょうど名画座で上映されていた「流れる」を一緒に見に行ったことがある。おかあさんは途中からうつらうつらしていたし、よくわからなかった、と言っていた。あれは親孝行の名を借りた自己満足に過ぎなかった、といまでは思う。そしておかあさんに対してわたしはまだ、ショットの強度、とか、編集のキレ、とか、そういう言葉をつかうことができずにいる。石坂洋次郎原作の映画に出てくるような親子の間柄であれば、あるいはそうした、ごく普通の日本語でコミュニケイションをとれるのかもしれない。

帰りの飛行機。隣の席に座っていたおかあさんが、イヤフォンのつかい方を訊いてきた。しばらくたってふとモニターを覗き込むと、おかあさんが見ていたのは「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」だった。窓の外には羊の群れのような雲の原っぱが広がっていて、その上に月がのぼっていた。「おかあさん、」とわたしは言った。眠っているのはわかっていたのだけど。

あかあさん、わたしの大好きなおかあさん。
しあわせですか。
わたしはそれが心配です。
あかあさん、わたしの大好きなおかあさん。
いつまでもいつまでも生きてください。
おかあさん!

-------------

*1→ http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=335
「1950年代前半、日本の美術界にピカソは大きな衝撃を与え、その影響は洋画のみならず、日本画から彫刻、工芸といった広いジャンルにまで及びました。多くの作家がキュビスムの手法を取り入れながら、様々な主題の作品を制作しました。」

*2→ 山本敬輔「ヒロシマ」(→☆)。これに先立って、佐藤敬 「水災に就いて」(1939)(→☆)がある。「ゲルニカ」は1937年制作。

*3→ マイブリッジが1887年頃に撮った、階段を降りる女性の作品(着衣およびヌード)としては、"Woman Descending a Stairway and Turning Around""Descending Stairs and Turning Around""Nude Woman Descending Stairs"などがある。

*4→ https://en.wikipedia.org/wiki/Rocky_Steps

*5→ こうしたアクションは、いわゆるジャンルとしての「アクション映画」でも見られるとは限らない。むしろ、三木孝浩のいくつかの作品(「アオハライド」「坂道のアポロン」)で印象的な視線の交わし合いがあることに着目したい。もっとも、印象的に感じられるのは登場頻度が高くないからで、逆に、ある種の成瀬作品ではそれがあまりに自然に多用されているため、一部の観客は、そういう演出がされていることすら気付くことができない。

*6→ 「シナリオ読もうぜ!」#01「生誕百年 井手俊郎を読む」(2010)には、「妻の心」のシナリオが掲載されている。

*7→ とはいえ、東宝で成瀬の助監督を務めた石田勝心は、『成瀬巳喜男を観る』収録のインタヴューで、こう語っている。

「唸るほどうまい編集」とは、繋げば観客が「唸る」ように演出して撮影してあるからと言えます。フィルムに記録されている平凡な演技が、編集で名演に変化する筈はありません。

*8→ 岡本喜八「大学の山賊たち」(1960)には、開巻早々「終」の文字が画面に出るギャグがある。筧正典「妻という名の女たち」(1963)も成瀬アクションの直系作品。

*9→ 葬儀の場面も、片山明彦が入る療養院も、画面には出てこない。省エネ。

*10→ おとうさんの体調のあれこれは別に3年くらい前に突然降ってわいてきた話ではなく、そもそもの発端は20年以上前にさかのぼる。そのうち、そのへんのことを面白おかしく書く機会もあるかもしれない。そういえば昨年の秋、早稲田松竹のラスト1本で「20thセンチュリー・ウーマン」を見て、おかあさんのことを考えながら外に出たら、「おかあさんです。おとうさんが入院しました」という留守電が入っていた。

*11→ ダメもとで、アメーバは見てみたくないか、と提案したところ、ゾウやキリンなどの大型動物のほうが好き、と却下された。

*12→ 先生に引率されて、同好会の仲間と一緒に、調布の日活スタジオや大船の松竹スタジオに見学に行ったことがあるようである。実家の古いアルバムには、「日活スタアの待田京介さんと」と書かれた集合写真がある。

☆参考文献
戸田山和久『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』(NHK出版、2012年)
平能哲也『成瀬巳喜男を観る』(ワイズ出版、2005年)
「シナリオ読もうぜ!」#01「生誕百年 井手俊郎を読む」(シナモンズ、2010年)

☆謝辞
Murderous Inkさんに深く感謝します。

映画
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「トラベシア」Vol.3 リリース記念イヴェント「渋谷並木座」Vol.2
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

「トラベシア」Vol.3 リリース記念イヴェント「渋谷並木座」Vol.2

【日時】
2018年06月03日(日)
開場 11:30
開映 12:15
終了 15:00(予定)

【上映】
草野なつか|そこからなにがみえる 現在地(2018年/10分/Blu-ray上映)
草野なつか|王国(あるいはその家について)予告編(2018年/10分/Blu-ray上映)(写真上段 Photo:酖頂攘遏
アラン・ベルリナー|The Sweetest Sound(2001年/57分/日本語字幕付き)断片→☆

【DJ】
DJコテコテ a.k.a. 原田和典(上映前)
miro & nika(上映後)

【会場】
Last Waltz in LOFT
渋谷区渋谷2-12-13八千代ビルB1F
TEL:03-6427-4651
http://lastwaltz.info/

・渋谷駅東口から六本木通りへ。渋谷2丁目交差点すぐ。徒歩約8分。
・表参道駅から青山通りを渋谷方面へ。青山学院大学を左折して六本木通りへ。渋谷2丁目交差点すぐ。徒歩約8分。
・セブンイレブンとすき家のあいだの地下です。

【料金】
大人・予約 1500円
大人・当日 1800円
高校生以下 1000円
(1ドリンク込み/全席自由)
*たぶん前回からPrice Down!!(値下げ)

【予約】
メール(suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp)かツイッターのDM(@out_to_lunch)にて、お名前、人数をお知らせください。当日精算となります。お店のサイトからも予約可能です(→☆)。

【内容】
普通に読める日本語の雑誌「トラベシア」第3号のリリース記念イヴェントです。中短篇映画3本の上映と、DJタイムにて構成されます。上映は、草野なつか監督「そこからなにがみえる 現在地」と「王国(あるいはその家について)予告編」、そしてアラン・ベルリナー監督「The Sweetest Sound」。

草野なつか監督からは、短篇「そこからなにがみえる 現在地」と、公開が待たれる新作「王国(あるいはその家について)」の長めの予告篇をご提供いただきました。

アラン・ベルリナーの名前に聞き覚えのある方は、あるいは多くないかもしれません。2014年の台湾国際ドキュメンタリー映画祭での大規模なレトロスペクティヴの際、監督本人が「わたしの映画は編集の映画だ」と言ってました。今回たぶんジャパン・プレミアとなる「The Sweetest Sound」も、ショットの強度がどうだとか、そういう昨今のシネフィル好みなアレとは対極の、素材をどう並べるか、によってできている作品です。

流れをたどれば、たとえばマイケル・ムーア(元気にしてるかな)。さらにさかのぼれば、サンティアゴ・アルバレス。その先達としては、フランク・キャプラの「ザ・バトル・オブ・チャイナ」がある。つまり、編集の技法を極めることによって真実らしきものに到達する、もしかしたらわたしがいちばん好きな類の映画史。同姓同名をめぐる悲喜こもごもの随想から、現代アメリカの成り立ち、ユダヤ人史にまで話は次々に展開。文字どおり最後の一瞬まで、ぎっしり詰まったサーヴィスをご堪能くださいませ。

映画の前後はDJタイム。もったいなくも上映前、オープニング・タイムをご担当いただくのは、DJコテコテ a.k.a. 原田和典さん。新聞、雑誌など各種媒体で健筆を振るい続けて幾星霜、執筆したライナーノーツは5万枚におよぶとも言われています。上映後のご歓談タイムには、昨年大好評をいただきました兄妹DJティーム、miro & nikaを再びお招きしました(実路くんは今年から中学生です)。お子さまから大人まで、たくさんのみなさまのご来場、心よりお待ちしております。

*「トラベシア」Vol.3の詳細は、いましばらくお待ちください。イヴェント当日までには発行される予定です。

【プロフィール】
〇草野なつか
1985年生まれ、神奈川県大和市出身。映画監督。シアター・カンパニー「マレビトの会」プロジェクトメンバー。2015年長編初監督作『螺旋銀河』が劇場公開。新作『王国(あるいはその家について)』待機中。

〇アラン・ベルリナー
1956年ニューヨーク・ブルックリン生まれ、クウィーンズ育ち。日本では、「親しくも未知なる人」が1993年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されているほか、1999年頃には「知ったこっちゃない」が劇場公開されている。

〇DJコテコテ a.k.a. 原田和典
1970年、北海道旭川市生まれ。ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆している。永野芽郁のファン。 https://twitter.com/KazzHarada

〇miro & nika
小松実路(2005年生まれ)と小松にか(2008年生まれ)による兄妹DJユニット。2013年から、栃木県宇都宮市周辺で活動中。

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家事(あるいは家についてのことについて)
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

フィルムセンターの「発掘された映画たち2018」、内容が発表されたときにはあれも見たいこれも見たい、と興奮したものだけど、考え直して行くのをやめたり、寝坊して行けなかったりして、見たのは結局6プログラム。森紅と服部茂の個人映画、15年ぶりくらいに見た小津の「浮草」(35mmのニュープリント、少し寝た)、「スワノセ・第四世界」(ゲイリー・スナイダーの日本語、さすがにうまい)、望月優子監督の中篇2本(どちらも素晴らしかった)なんかを、シネマヴェーラで開催されていた柳澤寿男特集と行ったり来たりしながら見ていると、自分の持っている「日本映画」の枠が両手で抱えきれないほどに広がっていくようで、こういう瞬間がいちばん楽しい。

最後に見たのが岩佐寿弥の叛軍シリーズ。発掘されて今回がひさしぶりの上映だったらしい「叛軍No.1」「叛軍No.2」「叛軍No.3」のあと、岡田研究員の解説があり、続いて「叛軍No.4」の参考上映という流れ。変わった構成だけれども、岩佐が興味を持っているポイントの移り変わりがダイナミックにあぶり出されるようで、番組構成、解説とも、これでよかった。というか、これがよかった。

たぶん初めて見る「叛軍No.4」、開始早々からぐいぐい引き込まれ、半ば過ぎまでは「やっべ、俺はいままでこれを見ずに日本の戦争映画がどうこうとか言ったり書いたりしていたのか」と冷や汗をかきながら見ていたのだけど、途中(3つのパートに分けるとすればパート2の中盤あたり)から急激に熱が冷め、映画が突然ぶちっと(見たひとは分かるとおり、比喩ではない)終わったころにはなんとなくもやもやとすっきりしない気分になっているという、ここで、そういえば「ねじ式映画 私は女優?」も、なんとなくすっきりともやもやとしない映画だったなと思い出す。

網膜剥離で入院する3週間前の2017年の正月、2016年の映画などを振り返って、こう書いていた。(→☆)

ここ数年、いわゆる「お話」には飽きている、というか、そういうのはある特殊なアメリカ映画がやればいいんじゃないかとなんとなく思っているってのはあります。しかし、そのことと、今回挙げた日本映画の多くがいわゆるドキュメンタリーに分類されることとは、おそらくそれほど直接的には結びついていません。

つまり、お話に飽きたからドキュメンタリーに興味が移りつつあるとか、そういう単純なアレではない。「チリの闘い」はもちろんのこと、「息の跡」も「ディスタンス」も、それぞれ「お話」の映画だと思っていて、語られ方におおいに魅力を感じている、ということなのですが……とはいえ、それに関する自分の気持ちをうまく説明する言葉はまだ見つかっていません。

いま現在でもこの考え方はあまり変わっていなくて、それで、というか、しかし、というか、だのに、というか、どんな接続詞でつないだらいいかよくわからないのだけど、「叛軍No.4」のパート1を見ながら思っていたのは、これは面白い話で、いま自分は話に引き込まれている、しかし(ここは「しかし」でいいと思う)、これに類した話はもうすでにどこかで聞いた気がする、ということだった。そんなことを明確に意識していながら、同時に話に引き込まれるなんて、そんな状態がありうるものかとこれを書いているいまからするとそう疑わざるをえないのだけど、見ながらたしかに、この面白さはどこからやってくるのだろう、細部の展開か、よどみない口調か、などと考えていた。画面はほぼ、黒板の前に立って叛軍体験を話し続ける男のバスト・ショットの長回し、サングラスをかけていて表情はうかがい知れない。

そうなるとどうしても、声色、よどみない流れ、そして話の中身に注目させられることになる。ただしこの男は本題に入る前のあたりで、告白めいた調子で、「いままで叛軍体験を話したことがなかったのは、自分の経験が半分はウソによってむしばまれボロボロになり、残りの半分は真実によってむしばまれボロボロになったと感じているからだ」というようなことを言ってはいなかったか。さきほど(ではないのだけど、正確には)、いわゆる「お話」には飽きている、と書いたのは、映画はもうそろそろ人間から、というか正確には、人間を過大評価することから、離れたほうがいいと思っているからなのだけど、それと同時に(というか、並行して)、映画なんて、ひとりかそれ以上の人間が、ただ適切にしゃべっていればできてしまう、とも思っていて、どちらの例についてもこのブログで複数回採り上げている、というか、ここ数年はほとんどそのどちらかにあてはまる映画についてしか書いていない気がする。

……で、なんの話だったっけ。ああそうだ、こういうことを書くと、現代映画と演劇とのかかわりとかを持ち出すひとがいるかもしれないけれど、いやでも、ハードコアなシネフィルたちが熱心にそういう話をしていたのは、テン年代前半〜中盤にかけてのモードで、その後は、演劇を見てるひとは見てるし見てないひとは見てない、って感じになっちゃってる感じだし、そもそも自分について言うと、結局最初から最後までそういうモードとは無縁のまま、人間の顔を見たり見なかったり、話を聞いたり聞かなかったり、そのときどきで、していたりしていなかったりするのだし、この書き方だと原理上あらゆる映画がどこかにあてはまる。

土曜日に見た「叛軍No.4」がからだの奥にまだ残ってる月曜日、たぶん雨が降っていたので傘をさして、草野なつか「王国(あるいはその家について)」を試写で見る。昨年の夏、みんながそこにいたような気がするある日のポレポレ東中野で小耳にはさんだ話だと4時間だか5時間になるらしいと聞かされ、昨年の秋にどこか遠くで上映されたとき(見てない)には60分とかそんな感じだったような気がするこの映画の、この日の長さは150分だった(当分この長さであり続けるらしい)。映画が伸び縮みするのはよくある話でとくに珍しくもなく、そしていまこう書いてみたのもなんの気なしに、なのだけど、この映画はほかの映画よりもとくに、より容易に伸び縮みしやすい性質を持っているみたいだ。伸び縮みする、といっても映画そのものが自発的に長さを変えるわけではなく、人間がそうするわけだけど、この映画については、映画自身が自在に自分の長さを変えるのだと言われてもなんとなく納得できそうな気さえする。

あまりにできすぎた話だけど、ちょうどこの日の昼間、テリー・ライリーのことを考えていた。考えていた理由についてはあと半年くらいたたないと明かせないしそのころになったらみなさんもう忘れているでしょうが、「王国(あるいはその家について)」はミニマル・ミュージックのように、似たような会話が何度も何度も繰り返され、その度ごとに微妙な変化がもたらされながら少しずつ、少しずつ先に進んでいく。繰り返される理由はすぐわかるので、わたしたちの興味を惹きつけて持続させるのは反復の理由や「構造」などではなくて、反復されている様子、時間、表情だ。だからこの映画の場合、一時的に金のないわたしがいつもそうしているように、見てきた配偶者から「お話」を聞いてそれで見たことにする(たいていの映画は実はそれで充分なのだが)、というわけには、いかない。進んでは不意に、大胆に戻る。あるいは船旅のように、極楽までの距離のように、男女の仲のように遠くて近い。同じようなことを100回繰り返した末に101回目で成功したりやっぱり失敗したり車道に飛び出したりすることをわたしたちは知っている。

ところでいつからわたしたちは、同じ映画を短期間に何度も見て、細かい部分にほどこされた仕掛けに気付くような余計な楽しみを覚えたんだっけ。作り手側もしたり顔で、そうした細部にまでこだわったことを得意げに開陳したりする。「王国(あるいはその家について)」はそうしたくだらない、「現代的な」楽しみ方や、「おかわり」による「気付き」を必要としていない。150分のなかに、反復と前進、反復と前進、ちょっと戻ってまた反復と前進、といった具合にすべてが収まっているので、見直すのはせいぜい2年か3年おきでいい。そうすれば死ぬまでにあと100回近くは見ることができる計算だ。

映画を見ていないあいだにわたしたちは家事(=家についてのこと)をする。100回も同じことを繰り返し、試行錯誤するのすら面倒になった101回目あたりで不意にブレイクスルーが訪れたり訪れなかったりすることをわたしたちは知っている。とてもここまでは届くまいと思った波が101回目でついに砂の城を壊す。まだそのことに気付いていないのであれば、家事を半日ほったらかして「王国(あるいはその家について)」を見ることによってその気付きが得られる。最初からメガ盛りになっているのだからおかわりは必要ない。

映画を見ていないあいだにわたしは特殊な家事(=家でする作業)をしている。同じ映画を少しずつ少しずつ、反復と前進、反復と前進、ちょっと戻ってまた反復と前進、といった具合に見る。見ているうちに英語がしだいに日本語になっていく。100回見ても英語のままだった部分が101回目で不意にブレイクスルーが訪れたり訪れなかったりして日本語になったり、依然として英語のままだったりする。この家事の詳細についてはあと半年くらいたたないと明かせないしそのころになったらみなさんもう忘れているでしょうが、その前におそらくわたしは就職して労働をする。

映画
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カメラを壊した男
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

祈りは何もいつも静かな夜におとずれるとは限らない。 ――川本三郎『同時代を生きる「気分」』

いま見ている映像が、実際に存在している場所はどこなのか。ときどき、そんな疑問が浮かんでくる。目の前のスクリーンの上なのか。映写機からスクリーンまでの空気中なのか。それとも、細長いフィルムなりDVDの円盤なりの中なのか。どれもこれもしっくりこない。

文章であれば、紙(ではないときもあるけど)の上に並んだ、ある規則性を持ったしみの連続体が実体である、とひとまずは言えそうだし、物理的なインクのかわりにモニター上のドットによって作り出されたものでもいい。

音楽だったらどうか。古くはアナログ・レコードの、塩化ヴィニールの円盤。溝を針でなぞって音を空気中に解放する手続きには、中に入っていたものが外に出てきた、というたしかな手ごたえがある。盤面(盤内?)の情報をレーザー光線で呼び出すCDにしても、仕組みこそ異なってはいても、同じ比喩で理解することは難しくない(*1)。

映像と比較すべきは文章や音楽ではなく、料理やスポーツや信仰や樹木だろうか。それにしても映像は居場所を明らかにしないまま、さまざまなものを媒介にして、最終的にはわたしたちに届く。もしかしたら、どこかから放たれて、わたしたちに届きつつある、その運動自体が本体なのではないか。いま見えているあの星は、いまどこにあるのか。その星のいまは、いつになったら見ることができるのか。

いま見えているのは、2009年の山形国際ドキュメンタリー映画祭、香味庵の廊下で、ハルトムート・ビトムスキーが映画の定義とはなにかと問われている場面だ。彼は「スクリーンがあって、そこに投影されていれば、それが映画だ」と答えている。なるほど、これから無秩序にだらしなく広がっていくであろう映像圏(渡邉大輔)に、ある種の枠をはめ、ケジメをつけるのが物理的なスクリーンの役割なのだな。感心しつつ、それにしても(文字どおり)話がうますぎる、と思っているわたしの姿も見える。

そうこうしているうちに月日は流れ、もはやそうした物理的スクリーン主義(映画館の、とは限らない)はダセェ、みたいな風潮だった一時期を通過して、そしてまた、スクリーンになにかが映ってる……? うん、まあいいんじゃない、画面も音も大っきいほうが、といったフラットな態度になってきてるのが、現在な気がする(わたし的にも、世間様においても)。ふらっと街に出ると、VRを体験させる施設がちらほら目に入る(*2)。目に入る、はもちろん比喩だけど、いま、東京駅の近くにいるわたしの目の前にあるそれは、外見は映画館よりもむしろ、お化け屋敷に似ている。これって、映画が有象無象の(映像)体験と未分化だった、最先端の過去への先祖がえりなのではないか。映像で金を取るには物理的に「小屋」に来てもらうのが不可欠、ではないにせよ、いちばん手っ取り早いらしい。いまのところはまだ。

つまり、映画に必須なのはスクリーンではなく、金を払った人間と払っていない人間とを分断する、壁なのだ。目の周りをすっぽりおおうゴーグルが、現時点ではその最小のもの。なにかしらUSB的な機器を頭皮に突き刺して信号を脳に直接送信できるようになる日まで、壁の優位は続くだろう。もっとも、そうした信号によってもたらされる知覚が、わたしたちがいま知っている映像と同じものである必然性も必要もないのだけれども。

壁によって区切られた空間の中、光の姿を借りてやってくる映像は、電気信号に変換されるために、目から体内に入る必要がある。いまのところはまだ。とすると、まったく同じコースを経てわたしたちに届く文字も、極度に様式化されたある映像形式なのではないか。そんなことを考えていると、わたしの正面1メートルくらいの場所にある男の映像が、彼自身の半透明の顔から取り外した球体をぱかっと割って、説明を始める。そもそも物が見える仕組みとは、ここから入った光がレンズを通過して、眼底で収集・変換されて電気信号としてこの神経を経由して……。映画学校、カメラメーカー、その他いろいろな場所で幾度となく繰り返されてきたであろう、眼球=カメラの比喩。場所は吹けば飛ぶよな3Dプリンタ建築の大学病院。立体映像としてわたしの目に映る男は、襟なしの白衣(薄いうぐいす色だったかもしれない)を着た医師。わたしはカメラを壊した男=網膜剥離の患者として、説明を聞いている。

患者の身分になったのはほんの1時間ほど前だ。成人の日あたりから飛蚊症が急に気になり始め、それから少したって、右目の視界の下のあたりに黒いかたまりがちらつき出した。ラーメンのスープに浮いた一滴の大きな油のようなそれを見ようとして視線(というか眼球)を向けると、かたまりも同じ方向に動いて、フレームアウトしてしまう。ついさっき、日に日に視界の中をせりあがってきたそいつがとうとう視界の半分を占領するに至り、さすがにあわてて近所の総合病院に電話をかけて予約をとり、そのあと、おとといは山の上にある会社に、昨日は川沿いのコインランドリーに行き、今日の午前中に診察に行ったところ、も、モモ、網膜剥離との診断を下されたので、もらった紹介状を口にくわえ、生後44年目にして初めての自腹タクシーで大学病院へどんぶらこどんぶらこと移動しながら、右目には眼帯をしたまま、左目だけでいまこの文章を書いている。

うぐいす色の映像男は、剥離そのものはずっと以前に起きていた可能性が高いですね、と言いつつも、職業柄、今日までの病状そして明日からの治療にしか興味がないようで(そういえば彼、ちょいと吉田拓郎似だ)、とにかく実際に起きてしまったんだから原因など追究しても仕方がない、と言いたげだ。現時点のわたしはその態度に全面的に賛成なのだけど、話の都合上、振り返っておくと、半年前の通勤途中、駅を直立歩行していたら体の向きがタテからヨコへと一瞬で鮮やかに変化して、固い床にあお向けになったんだった。おそらく転倒して後頭部を強く打ったあの瞬間、星が消滅したのだろう。頭の中の0.5光年の距離にあるひとつの銀河は、すでに失われていたのだ。わたしたちはしばらくのあいだ、それに気付かない。

入場料を払う約束をしたわたしに、4人部屋を布製の壁で仕切った映像空間が与えられた。今度はやわらかいベッドにあお向けになったわたしの目に入るのは変化に乏しい天井のショットで、それが無限に続くうちに途切れのない現在はいつのまにか翌日に移行しており、ストレッチャーに乗せられたまま部屋を出て、移動に応じて視界が流れていく長回しには緊張感はありつつも、同時に、この構図ありがちだよな、とも感じながら手術室に入ると、小さなヴォリュームで音楽が流れていて、かかっているのはよりによってシェールの「バン・バン」だ(誰かによるカヴァーかも)。この曲とは何度かすれ違ってきたけれど、こんなに不吉なものとして聴きつつあるのは初めて。

Bang bang you shot me down
Bang bang I hit the ground
Bang bang that awful sound
Bang bang my baby shot me down

麻酔によって引き延ばされたようでもあり省略されたようでもある数時間ののち、手術は終わる。術後は、眼球への刺激を避けるため、アルファベットのCの字のようなフォルムの枕を顔面にあて、原則として昼も夜もうつぶせのままで横たわる。この体勢だと時間の流れはおそろしく緩慢で、いつまでたってもいまがいまのままであり続ける。100時間くらい微動だにせずにいたら、退院の許可が出た。ベッドの下は、4日間に排出され続けた自分の小水で、サン=ラザール駅裏みたいになっている。水溜まりをひょいと飛び越えて、帰宅。

うぐいす色の映像曰く、極度に下がった右目の視力は徐々に回復する。どの程度にまで戻るのか、どのくらいの期間を要するのかは個人差があってなんとも言えない。しかし発病前の視力にまで100%戻ることはない。ところがあまり改善しない。従来かけていたメガネを着用した状態で、左は変わらず1.0。右は、手術直後は0.1だったのが0.3にまで戻って、そこで止まってしまった。両眼が同じ程度とまではいかずとも、右がもう少し見えるようにしたいところだけど、左右の現在の視力があまりに違い過ぎているため、両眼が同じくらい見えるくらいにまで矯正すると、像がうまく重ならず、少しずつズレて二重に知覚されてしまう。コンタクト・レンズへの切り替え、コンタクトとメガネの併用、プリズム・レンズ、レーシック手術、どれもみな劇的な改善は望めないのだそうで、わざわざそれをするのなら、まだしもなにもせずにメガネを使い続けるほうがいいらしい。つまりは、もっとも消極的な意味で「いまが最高」なのだ。レーシックはどうなんですか、とダブったうぐいす色の像のどちらかに質問してみた。すると、レーシックは角膜=レンズの表面を削ってピントあわせの不備を調節するものである。しかしあなた(=わたし)の場合、眼底=フィルムの部分が劣化しているので、入口をいくらよくしてもダメですよ、と(*3)。手術前の説明と、比喩が若干異なっている気がするのはともかく、手術の際、右目のレンズは人工のものに取り換えられているので、だったらいっそ、眼球の入力系統を総デジタル化してもらってもかまわないのだが。

ここから先はお涙頂戴の段階に入る。どうかハンカチのご用意を。

自分が難病になったらどうしよう。取り乱して周囲に迷惑をかけたり、必要以上に落ち込んだりするのはバカバカしい。できる治療に粛々と専念しよう。などとご立派な想像をしてみることがときどきあった。長期間にわたる過酷な治療、強い副作用のある薬、ゆるやかな回復と停滞、自暴自棄、すべてを乗り越えた末の快癒。ショック期→否認期→混乱期→解決への努力期→受容期。古典的難病が持つ、明快なビバップ風のストーリーラインには抗いがたい快感がある。それに対して、網膜剥離患者の病後は、モーダルでコンテンポラリーで、ポスト・ディズィーズ的だ。ただなんとなくもたらされた不具合が、なすすべもなくミニマルに持続してしまう。

そういえばこの文章は映像時評なので、映画館に行ってみたものの、はっきり言ってろくすっぽ見えない。疲労も蓄積する。座席の位置を少しずつ変えてみたり、右目には眼帯をして普通に見える左目だけを使ったり、いろいろ試してみた。たまたま行った東京都写真美術館では、メガネを着用して見る3D映像の展示があったので、荒療治のつもりで挑戦。1分くらいでギヴ・アップしてしまった。しばらく我慢すれば劇的に視力が戻るだろう、との希望でもって2月と3月を乗り越える。ただしその期間に見た映画で、心から楽しめたものはひとつもない。感興は消え失せ、相対評価でしか映画を見れなくなった。あちらと比べれば、こちらはだいぶいいらしい。同傾向のAやBよりは、やや落ちるぞ、といったような。絶対値で言えば、映画に触れた際の心の針の動きは、発病前の1割か2割。画面のディテールや、役者の細かい表情についての情報受け取り力はたしかにガタ落ちしたけれど、依然として字幕は読めるし、ストーリーも理解できる。それなのに、テンションはあがらない。映画が面白くなくなった理由は、いまの目の状態によるものなのか、先が見えない(視覚的比喩!)絶望からなのか。よくわからぬまま、楽しいことなどなにもないような鬱屈に陥り、腹立ちまぎれに妻を猫パンチで殴打する日々が始まる(*4)。

たとえば、スクリーンが小さいときや画質が悪いとき、「もっとでかい画面で見たいなあ」「ちゃんとした映像だったらなあ」と不満を持つことは、当然ある。それでも、環境の不備はそれはそれとして、映画そのものに対しては公正な気持ちでいられそうなものなのに。「歓びのトスカーナ」を見終えて、ぴくりとも気持ちが動かぬまま試写室を出ながら、ああ、もう映画を見ても仕方がないな、とはっきり感じたのが4月の末。この気分の正体はまだ謎めいていて、正確に記述するのは難しいのだけど、とにかくこうして、ここ10年くらい断続的に考えていた問題に、また立ち戻ってきている。フィルム対デジタルだとか、Netflix抜きにして未来は語れないだとか、いや、だらしなくソファに寝転んだまま映像が享受できる時代だからこそ、背筋をのばしてスクリーンに向き合うべきだ、とか、バカ、映画館で背筋をのばして座る奴は万死に値するのだぞ、お前なんぞは脳に電極でも刺しておれだの、さまざまな差異が、さもそれが差異であるかのように語られる。でもそもそもそんなものは、差異ではなかったのだ。ひとりひとりの脳内のスクリーンになにが映り、どんな刺激がもたらされているのかという、誰にも確かめようのない映写状況の違いと比べたら。

たったいま一緒に見ていたはずの映画について、誰かと話をする。客観的なデータは、もちろん、揺るぎないものとして存在している。制作年度。上映時間。監督名。出ていた俳優。とはいえ、実際にわたしたちが体で感じる上映時間の長さ短さは、アラビア数字の表記とはめったに一致しない。あらすじをおのおのの言葉で聞かせあったなら、相手の理解のしかたに呆れ果てたり、逆に自分の誤った思いこみに冷や汗をかいたりするだろう。本当にこいつと自分は隣り合わせに座って、同じ時間を共有していたのだろうか。すぐにデータの検証が可能である現代、個人個人の記憶の不備や認識の違いを「間違い」としてまず排除してから物事にとりかかるのがたしなみのようだが、事態はそんなに単純なあれではない。と書くと、「この頃はなにかと窮屈でのぅ……」と杖を突きながらどこからともなく登場する架空の爺さんみたいだけども、そういう話じゃない。わたしたちが(映画について)話すとき、一緒に立っているつもりの理解の土台は、なんて不安定なんだろうかって話。だったらもう、気分をどのくらい重ね合わせられるか、に賭けるしかない。

ハードコアな批評が軒を連ねる誌面で、「気分」を持ち出すのが場違いなのはわかっている(*5)。気分や体調などといったあやふやなものに左右されず、マシーンのように見続けるのが真にあるべき姿なのだろうなと反省もする。同時に、こうも思う。ものを見るときなるべく偏らず公平であろうと心がけるのは当然としても、その原則にとらわれすぎたなら、フェアではない。人間は気分で動くものだし、同時代性から逃れることは極めて困難なのだから、折々の空気に軽率に振り回されるしかない。その様子がヴィヴィドに刻み付けられたもののほうが、あとになってからの資料的価値も、結局は高いのではないか。いきなり引き合いに出されても迷惑かもしれないが、今年注目された以下の3冊の本には、「気分派」の揺り戻しが、たしかに見える。順不同。

〆缶邉(編)『心が疲れたときに観る映画 「気分」に寄り添う映画ガイド』(立東舎)
岸政彦、石岡丈昇、丸山里美『質的社会調査の方法 他者の合理性の理解社会学』(有斐閣)
佐藤文香(編著)『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(左右社)

,詫妻曚淵織ぅ肇襪里箸り。7人の書き手が、「進路に迷ったときに」「孤独をかかえたときに」「生きる希望を見失ったときに」「片想いしているときに」など12のシチュエーションに応じて映画を紹介する。映画本の過度なカタログ化や情報偏重への反発として、また、編者自身の「心が疲れた」体験も反映されて、書き手の個々の気分を掬い上げる本ができた。

これを読んでいる初夏のいま、わたしはちょうど否認期から混乱期へと差し掛かっている。読書では病気は治らないが、問題を相対化するためのヒントはもらえた気がする。映画でも音楽でも、なんでもいい。先人たちや同時代人たちが頭をひねり、心を込め、腕によりをかけてつくったものを、ただ寝そべって口をあんぐり開けて待ち受ける怠惰な行為にも、意味はある。つまり、自分が後生大事に抱えている悩みも誇りも、しょせんはありふれたものだと知ること。たかだか網膜剥離くらいでこの世の終わりの絶望を決め込むのは、運動会のかけっこで優勝して世界征服した気でいる小学生みたいなものだ。上には上がいる。ボルトを見よ。カール君を見よ。あの後半の恐るべき加速を!

社会学の教科書である△蓮⊇駝召肋難しいが、タイトル後半の「他者の合理性の理解社会学」に内容は集約されている。ICレコーダー使用時の注意から、取材対象者に向き合う際の礼儀まで、他人の話をよりよく聞こうとするひとのための最良のガイドブック。そしてなにより、読んでめっぽう面白い。ここでは執筆者のひとり、石岡丈昇の回想に「気分」が登場する。暑いフィリピンでの長期取材から寒い北海道の自宅に戻り、論文をどうまとめたらいいのか手をつけかねていたときに役立ったのが、こまごました現地の印象のメモだったという。取材内容とは直接は関係ない、天気、食事、会話、景色。そのときの「気分」をつかまえておけば、あとからでも「いま」「ここ」の再構築が可能なのだ。

現代俳句のアンソロジーであるに至っては、たくさんの句が、師弟関係でも流派でも年齢でもなく、「おもしろい」「かっこいい」「かわいい」のカテゴリー=気分で分類されている。あまりにもざっくりしすぎではあるまいか、と不安になるが、同時にどこかなじみ深い。そっか、これ、レア・グルーヴみたいなもんか。

映画時評に戻れなくなりつつあるのを自覚しながらさらにまた別の話に移るのだけど、行きがかり上、説明しておくと、レア・グルーヴとは、1980年代、DJやコレクターなどを中心に始まった、音楽の聴き方の流れ。いわゆる教科書的に重要とされている名盤かどうかではなく、お耳に心地よいか、キャッチーなブレイクを含んでいるか、などを評価基準にする、さわやかな批評革命。聴き手主導の動きだったこと、無思想の思想だったこと。少なくともこの2点だけでも、ひとつの大きな転換点だった。

それまで無名だったり、逆に有名すぎて見落とされていたレコードが、がんがん掘り起こされた。日本においてはガラパゴス的な受容と展開を経て、1990年代前半〜半ば、渋谷系やフリー・ソウルへと結実(*6)。中古盤の相場は高騰する。90年代のある時期の東京は、レア盤の密集度世界一を誇る都市だった。私見の限りでは、ロンドンもパリも、トーキョーみたいじゃなかった(当時のニューヨークは知らない)。誰も知らなかったレコードが続々とCD化されて、一般のリスナーへも届いていった。……ほんとにそんなこと、あったんだっけ。いまや影も形もないけど。そういやちょっと前、2017年におけるレア・グルーヴの存在感の薄さについての分析が、話題になったよね。いまのあれこれの基礎をつくったと言っていいほどの巨大な影響を各方面に与えたのに、現在のシーンとのつながりはおぼろげで、忘れられた文化だ、って。正確な文脈は思い出せないけど、そんな趣旨。的確な指摘だと思う。中古盤の値札の数字の変化を観察してたら、よくわかる。上がった値段はいつしか下がるもので、レコードもだけど、CDの値崩れはすさまじい。90年代後半から00年代にかけてさかんに復刻されたレア・グルーヴ/フリー・ソウル/カフェ・アプレミディ(*7)系の中古CD、一部を除いていま、おしなべて安い。2年くらい前だったか、大宮のディスクユニオンの店の前の野ざらし箱で、ジャクソン・シスターズのCDが100円で売られてたのを見たときの「気分」。もともと、投げ売りされてたレコードを再評価するのがレア・グルーヴなんだから、数十年かかって、本来の状態に戻ったようなもんか。

レア・グルーヴが失速したのは、あまりにふんわりした、気分先行のムーヴメントだったからかも。GoogleもYouTubeも存在しない時代だったから、現代のような形での情報戦は起こりようがなくて、でもいまも昔も、レコードの盤面とジャケット(表と裏)に含まれている情報量って、処理しきれないくらい膨大なんだよね。ただ情報を持ってても仕方ない、じゃあどうするかって話だけど、レア・グルーヴの頃も、気分を言葉にするためのデータ解析作業、専門家はみんなやってたはず。ただし、それをリスナーにひけらかすのは野暮、みたいな共通認識はあったんじゃないかな。まずは踊ってもらって。知りたいひとはライナー読んでね、って。まあたしかに、いま、「午後のコーヒー的なシアワセ」と言われると、やや気恥かしい。江分利満が「カルピスってのは、恥ずかしいね」って言ってた、あの感じに似てる。現代だと、うっかりコーヒーなんかすすめたら「こっちはのんびりコーヒー飲めるような身分じゃないんですけど!」とか逆ギレされそうだし。ゆっくりコーヒー飲む余裕がない人間が、CD買うはずないわけで。

じゃあ経済的にも気持ち的にも余裕がないテン年代の若者のみなさんに、逆ギレされずに音楽を楽しんでいただくためにはどうしたらいいか。データで裏をとって、理論の強度を高める。あなたがたはこのコーヒーをこのカップで飲むべきで、統計学的にそれがいちばんおいしいんです、ってサード・ウェイヴ・コーヒーっぽく提案して。ミュージシャン本人に確認済みです。事実こうした人的交流があります。ゆえに最新のジャズの動向はこちらになります。そう言われたら、なるほど納得はする。繁盛する店には理由がある。

でもね、ぼくだけかな、気分をエヴィデンスで補強する「正しさ」志向には、情報を万能なものとみなす権威主義の臭いがするんだけど。きみは言うだろうね。出鱈目な事実認識で書かれた、暗黒時代の音楽批評と比べたら、データ警察のほうがまだいいでしょ、少なくとも「正しい」んだし、って。隙間をすべてデータで埋めちゃう空間恐怖症には、ぼくはどうしてもノンと言いたい、そういう気分。

ま、これは批判じゃなくて嘆きなんだけど、残念、ルールは変わっちゃった。もとにはもう戻らないんだよね、よく知ってる。でもね。気分は気分。それ以外の何物でもないし、たしかに残りづらい。だからこそ、他人に左右されたくないし、説得させられるのは御免だし、あったものをなかったことにはしたくない。とはいえ。しょせんは実体のないものを、どうすればいいか。そのまんま、なにからなにまで覚えとけばいいだけの話だし、それしか方法はないはずなんだけど……さて、できるかな。

なんの映画だったっけ。浜辺にロウソクずらっと並べてさ。生まれてからいままでに会ったひとの名前を、思い出せるかぎり、ひとりずつ口にしていくあのシーンの、あの気分。忘れたくなきゃエクセルで管理してクラウドにでもぶっこんどけばって言われちゃいそうだけどね、現代!

−−−
*1→ 現代のポピュラー音楽はほぼすべて、複数の音が重ねられて編集されたものであり、音盤に「記録」された音とまったく同じ状態のものがいつかどこかに存在したわけではないのにもかかわらず、だ。ライヴ録音ばどうなんだとかそういう話はまたいずれどこかで。

*2→ 2017年夏、ツイッターを見ていると、スマートフォン・タブレットで手軽に楽しめる360度/VR映像コンテンツ「VROOM (ブイアルーム) 」の広告がわりと目についた。そのたびに、キング・クリムゾンの1994年度作『VROOOM(ヴルーム)』を思い出したのはわたしだけではないだろう。

*3→ 初期のレーシック手術はそれぞれの医師の技術に依存する部分が大きく、医療ミスも珍しくなかった(映画「アンダルシアの犬」参照)。なお、現在ではレーザー光線を使って施術されているとの認識はよくある誤解であり、いまでも薄い刃物が使用されている(laserレーザーと、razor剃刀の混同が原因)。

*4→ 妻の鼻が一般の平均よりほんの少し(言われなければわからないくらい)低いのは、生まれつきであって、わたしの殴打によるものではない。また、空手の有段者である妻は、ただ黙って殴打されているわけではない。

*5→ ハードコアついでに言えば、映画館に日常的に通っていると、ハードコア・シネフィルは、実在する。あれっ、あのひと昨日のレイト・ショウで上映後のトークまで聞いて、それどころかどうでもいい質問(第一声が「すばらしい作品を見せていただきましてありがとうございました」なやつ)もしていたはずなのに、今日も朝イチの開場前から並んでるぞ、たしかお住まいは神奈川の奥も奥、もう2、3歩ほど進むと静岡県で、夜になると熊を背中に乗せた金太郎が足柄山からおりてきて民家の軒先に出没するらしいあたりなはずなのに、ご苦労様です、などと、それを目撃している自分は棚にあげて、思う。

*6→ 日本では、の話のついでに触れておこう。田中康夫は、一見AORのディスク・ガイドに見える思想書『たまらなく、アーベイン』(1984年)で、ロックやフォークに不可避的にまとわりついてしまう物語性を引き剥がした、気分の音楽としてのAORを称揚していた。でも、ちょっと角度を変えると、単に自分好みの別の物語を提示しているだけのようでもある。昨日までのゴミレコが(文字どおり)ブレイクひとつで今日から数千円、ということも珍しくなかったレア・グルーヴの、生き馬の目を抜く経済について、ヤッシーはいま、なにを考えているのかな。

*7→ 1994年に「フリー・ソウル」を立ち上げた橋本徹が、2000年にスタートさせた新シリーズが「カフェ・アプレミディ」。「午後のコーヒー的なシアワセ」はそのコンセプト。このあたりを発端としてゼロ年代に一世を風靡したカフェ・ミュージックは、渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』で揶揄されたような気もするけど、ドトールのBGMとして定着した気もする。広義のレア・グルーヴは意外としぶとい。いまのところはまだ。

☆本稿は、2017年秋に発行された批評系同人誌「ビンダー」第5号におけるわたしの連載「なにかが映ってる」のために書かれ、掲載されたものです。転載を許可いただいた湯川静さん、noirseさんに深く感謝します。なお、「ビンダー」第5号は通販で買えますのでどしどしご利用ください(→☆)。

映画
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2017年の映画など
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

2017年に見た映画の中から、よかったものを。並びは見た順。(*のみ飛行機のモニター鑑賞。ほかは公共空間のスクリーンにおいて)

ケン・ローチ「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016/英語)
ミア・ハンセン=ラヴ「未来よこんにちは」(2016/フランス語)
ガウリ・シンデー「Dear Zindagi(ディア・ライフ)」(2016/たぶんヒンディー語)
柳沢寿男「夜明け前の子どもたち」(1969/日本語)
原将人「20世紀ノスタルジア」(1997/日本語)
只石博紀「Future tense」(2013/日本語)(→☆
蔵原惟繕「ストロベリー・ロード」(1991/日本語)
代島治彦「三里塚のイカロス」(2017/日本語)
マイク・ミルズ「20センチュリー・ウーマン」(2016/英語)
山田洋次「家族はつらいよ2」(2017/日本語)*

☆スペシャル・メンション:
ウェブサイト「日本アニメーション映画クラシックス」(http://animation.filmarchives.jp
ニトリ「足もとあったかカバー」(→☆

映画の話の前に……まったく予期せぬことでしたが、2017年は1月下旬に右目の網膜剥離を起こし、それによっていまもまだ左右の視力に極端な違いが残っていて、ものがきちんと見えない状態です(そしてこれからもずっと)。その関係で映画への興味がかなり薄れてしまい、見た本数は対前年比6割弱になりました。疲れやすくなったりもして、もろもろの作業効率も下がり、同じ時間内でできることが体感で半分強になっちゃったなーと感じていたので、それとちょうど呼応しています(レコ買い枚数のみ変化なし)。このへんの顛末は、批評系同人誌「ビンダー」5号にやや詳しく書きましたので、よろしければそちらを読んでみてください。(→☆

興味が薄れたといっても、まんべんなく、ではなく、もともと興味の中心にあった部分はわりとそのまま残り、それほどでもなかった部分への関心が急激に失われました。最初から見ないことに決めたり、見に行ったひとから話を聞いてそれで済ませたりしたものも多かったです。

興味の中心のひとつはリベラリズムとか世界平和とか自由・平等・博愛とかで(佐藤忠男先生が好きそうなあたり)、とはいえこれは見ておきたい、と思って出かけていった「ドリーム」にはなんとも思いませんでしたし、「希望のかなた」もいつものカウリスマキだなーという程度の感想でしたから、結局のところはよくわからない。もうひとつの中心は映像の流れ(編集)のスムースさやグルーヴで、ミア・ハンセン=ラヴのと山田洋次のは、話の内容とか盛られた思想とかとはほぼ関係なく、この観点からの評価。

そして興味が大きく減退したのは「お話」と「演技」に関する部分で、しかしこのへんはもともとあまり興味がなかった、というか、正直よくわからなかったあたりでもあって、とはいえ、こうして思い出してみると、やはり複数の映画をいくつかの要素に分割して「演出技術○点、演技○点、脚本○点、撮影○点……」みたいに採点して合計点で優劣をつけるのはそもそも無理がある。

だもんで、今回選んだ10本も、ある統一した基準でもっていっせーのせで駆けっこしたときの1位から10位、ではなく、なんとなく存在している映画の標準グループからそれぞれのやり方でそれぞれの方向に突出しているように見えたもの、ということになります。

いろいろとできることが減ったので、長年続けてきたあれやこれやのいくつかをやめざるを得なくなったのですが、性格上、ほうっておくといつまでも続けてしまいがちなので、結果的にはこれでよかったと感じています。そして、映画を減らしたから、というわけでは必ずしもないのですが、例年より旅行に行く回数が増えました。上高地、小豆島、バルパライソ(チリ)、パレルモ(イタリア)、そしてアメリカ各地のレコード屋はすばらしかった。

2017年に受けた最大の啓示は、秋、山梨県の温泉宿に泊まった翌朝、朝食の前に近所を散歩していたときのこと。ベンチに座って、川の向こうの山を丹念に眺めていたら、あそこにびっしり植わっている木はひとつひとつ別個の生命体で、それぞれに違った生を持っているんだ、と気付きました。あの瞬間はヤバかった。

最後に、「トラベシア」2号制作に関わってくれたみなさま、お買い上げくださったみなさま、取り扱ってくださったお店のみなさま、本当にどうもありがとうございました。2018年上半期中には3号を発行するつもりで、いま準備中です。ご期待ください。なお、2号は予想したほどには売れなかったので、家にまだ在庫があります。通販もやってますので、どしどしお買い求めくださいませ。(→☆

2018年がみなさまとわたしにとって健康で実りある年でありますように。

映画
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「映画のポケット」Vol.68「轟夕起子研究30年 すべて語ります! (^^)」
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

☆Vol.68「轟夕起子研究30年 すべて語ります! (^^)」

おはなし:山口博哉
進行:鈴木並木

2017年10月08日(日)19時〜21時(延長はなるべくナシの予定)
@阿佐ヶ谷・よるのひるね [HP]
参加費500円+要1オーダー
参加自由/申し込み不要/途中入場・退出自由

☆入場時、鈴木に参加費500円をお支払いください。そのうえでお店の方にフードやドリンクのご注文をお願いします。

−−−

☆山口博哉
1970年生まれ。大阪出身。映画史家。17才で轟夕起子に魅了されて以来、30年にわたり取材や資料収集を続ける。轟夕起子生誕100年と没後50年の今年、全国各地でイベントを開催。「轟夕起子伝」を執筆中。古い日本映画が専門で、轟夕起子の他、映画監督の島耕二や春原政久らの研究も行なっている。

−−−

ついに! 熱狂的な轟夕起子研究家として一部で知られる映画史家・山口博哉氏をはるばる大阪からお招きして、2時間たっぷり轟夕起子について語っていただきます。

轟夕起子研究30年の間に山口さんが出会ったオモロイ人や、ここだけの打明け話、感動取材秘話、時効だから話せる逸話などなど、興味の尽きない映画漫談の炸裂に、あなたはもう鼻血ブー。 (^^♪

根は真面目、でもクソ真面目は大嫌い。義理と人情に厚い昭和の男・山口博哉氏の映画トークを聞き逃すなッ!

−−−

☆本篇終了後、おそらく引き続き同じ場所で、2次会があります。ご都合のつく方はこちらもあわせてご参加、ご歓談ください。費用は実費。

告知
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「トラベシア」Vol.2 リリース記念イベント「渋谷並木座 Vol.1」
Posted by: 鈴木並木 SUZUKI Namiki (→Profile)

「トラベシア」Vol.2 リリース記念イベント「渋谷並木座 Vol.1」

【日時】
2017年07月29日(土)
開場 11:30
開演 12:00
終了 15:00(予定)

*まず12:00から上映(わたうた→季仮→FTの順です)、続いて14:00ごろからDJタイムとなります。途中休憩はありません。

【上映】
木村有理子|わたしたちがうたうとき(2010年/15分)
只石博紀|季節の記憶(仮)夏篇(2013年/30分) 予告篇→
只石博紀|Future tense(2013年/66分) 予告篇→
*いずれもBlu-ray上映(予定)

【DJ】
miro & nika

【会場】
Last Waltz by shiosai
渋谷区渋谷2-12-13八千代ビルB1F
TEL:03-6427-4651
http://lastwaltz.info/

・渋谷駅東口から六本木通りへ。渋谷2丁目交差点すぐ。徒歩約8分。
・表参道駅から青山通りを渋谷方面へ。青山学院大学を左折して六本木通りへ。渋谷2丁目交差点すぐ。徒歩約8分。
・セブンイレブンとすき家のあいだ、すき家のあるビルの地下です。

【料金】
大人・予約 1300円+ドリンク代
大人・当日 1500円+ドリンク代
中学生以下 500円+ドリンク代
(税込み/全席自由)

【予約】
メール(suzukinamiki@rock.sannet.ne.jp)かツイッターのDM(@out_to_lunch)にて、お名前、人数をお知らせください。当日精算となります。

【内容】
普通に読める日本語の雑誌「トラベシア」第2号のリリース記念イヴェントです。中短篇映画3本の上映と、DJタイムにて構成されます。上映は、木村有理子監督「わたしたちがうたうとき」と、只石博紀監督「季節の記憶(仮)」夏篇、そして「Future tense」。

発表からけっこうな年月を経て、いまなお上映の度に新たな観客を獲得し続けている、もはやテン年代が生んだ宝石とも言える「わたしたちがうたうとき」。

そして、新しいルールを携えて映画の外からやってきた男、只石監督の2本。年内の劇場公開が予定されている「季節の記憶(仮)」から、幸福感にあふれた夏篇を。さらに、撮影からほぼ誰にも見られぬまま、今春突然上映されて一部でひっそりと衝撃を与えた「Future tense」。

それに加えて、「トラベシア」掲載のインタヴューをお読みになった方なら全員きっと会いたくなるはず!な小学生兄妹DJティーム、miro & nikaをぬかりなくブッキングしております。

2017年の夏は、この日が最高の瞬間になります。オザケンとコーネリ目当てにフジロックに行こうとしているみなさん、いまからでも遅くありません、そのリスト・バンドは引きちぎってくださってけっこうです。

【コメント】佐々木友輔
『Future tense』にはまったく乗れなかった。偶然を装った必然、天然を装った技巧。慣習的な「映画」のかたちに抗っているようでいて、実はお作法をしっかり守っている。無頼派を気取った優等生。コントロール過多の息苦しさばかりがあり、到底ここに未来が映っているとは思えなかった。

『季節の記憶(仮)』も最初は同じ印象を持った。しかし季節が移るにつれ、様子が変わってくる。画面が「映画」を裏切る瞬間が徐々に増えていく。取り繕えない綻びが大きくなっていく。作品が真に作家の手から離れていく瞬間があらわれるようになる。そう、偶然性とはこういうものだ。「映画」の記憶にひたすら奉仕する季節の記憶など偶然性と呼ぶに値しない。賢明にも只石は、そうした瞬間を削除したり、隠蔽したりすることなく、そのままゴロリと投げ出して見せている。失敗も成功も併せ呑み、時間と空間に主導権を委ねる覚悟がある。

対照的な二つの作品を送り出した只石は、これから先、どちらの未来を歩んでいくのだろうか。わたしはもちろん後者を期待する。あらん限りの力で「映画」を掻き回し、掻き回され、瓦礫の山から新しいかたちを築き上げていく蛮勇を。

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